アカイトリ
「よう、あいつは助かったか?」


屋根上から降ってきた声に、颯太の部屋を出た天花が見上げる。


「…さっきからわたしに呼びかけていたのはお前か」


ひらりと黒い鳥の子・凪が屋根から飛び降りると、天花の前に立つ。


「あの餓鬼も連れてきてやったぞ。お前といったら勢いよく飛び出して行きやがって…」


「助かった。だが…わたしは、お前を許しはしないぞ」


…天花の朱い瞳が、さらに鮮やかに朱くなる。

それを口元だけでにやりと笑いながら凪が天花の頭を撫でた。


「そりゃ残念。あいつが死んだらお前はその時点で俺のものになったのにな」


「お前のものなんかには絶対に、ならない。それにわたしに触れるな」


ぱしっと手を弾かれ、大袈裟に凪が自分の手を撫でる。


「契約は契約だ。あいつに手出しはせんが、お前とは正式に契約しないとな」


腰に両手を置きながら、凪が命令口調で言った。


「俺に口づけをしろ」


「なん…だと?」


ただでさえ、見たくもない相手だというのに。


「それで契約とする。どうする?今すぐあいつを殺されたいのか?」


にやにや。


天花は激情にかられて攻撃的になりつつもなんとかそれを押し殺し、素早く、なおかつ乱暴に唇を押し付けた。

そして手で唇を強くこする。


「何だそりゃ。そんなに俺に触れるのが嫌かよ」


見るのも汚らわしい、という勢いで天花はくるりと背を向けた。


その時。


背後からいきなり凪が背中から抱きしめてきて、耳元で囁かれる。


「刻印がないな」


天花は動揺しない。


「純血種のわたしには、それは現れない。子にもな。現れた時は誰かとつがいになった時だ」


――動揺はせずとも嫌な気分になり、身をよじった。


「わたしに、触れるなと言ったはずだ。お前に触れられても何も感じない」


「じゃあ、誰に触れられたら感じるというんだ?」


――天花は凪の問いに無言で返したが、脳裏にはあの金の髪の優しい笑顔が浮かんでいた。
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