週末の薬指
「いや、彼女を手に入れたくて必死過ぎる自分に気づいて、もうこれ以上彼女を追い詰められないと思って諦めた」

「そう……」

「それからの俺は、女との付き合いに距離を置くようになってなかなか本気になれなかったんだ。
それまで彼女一色の毎日を送っていたからそれ以外に気持ちを持っていくこともできなくて、まるで抜け殻。
蓮はかなり心配したと思う。近づいてくる女から俺を守るように目を光らせて……まるで親のようだったな」

夏弥は私の頬を両手で挟むと、親指で私の目じりをそっと撫でた。

「花緒が泣く事はないんだぞ。俺の過去だけど、もう乗り越えた事だ」

「その彼女とは……?」

「ん?何年か前に偶然会ったよ。本当、偶然」

何かを含んでいるような声に首を傾げた。

夏弥を傷つけた彼女と再会して、何も思わなかったんだろうか。

気持ちは過去に戻って揺れなかったんだろうか、不安ばかりが私の胸に溢れてくる。

夏弥の過去を聞いて溢れた涙と、彼女と再会して、それからどうなったんだろうと、切なさはいっぱいいっぱいだ。

「彼女とは、お客様と営業マンとして再会したんだ。結婚していて、新居を建てるからって彼女が住宅展示場を回ってた時に偶然。
旦那さんはドクターで、裕福だったからな。高いクラスの家を建ててもらったよ。確かその月の営業賞とったっけな」

だから、気にするな。そう言って、夏弥は私に唇を落とした。

触れ合うだけのキスが、私の涙をさらに溢れさせて、ぐすぐすっと鼻をすすりながらのキス。

なんて色気のないキスなんだ……。

夏弥は、私の唇から目じりへと唇を移して、そっと涙をなめてくれた。
< 165 / 226 >

この作品をシェア

pagetop