絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅳ

刑事の信念

 なんとなく溜め息をついた。それは、悩みからではなく、ただの食べすぎからくる、胃の空気抜きのような生理的な現象、と言えなくもない。
東京マンションのロビーに入る。ここが我が家になって、5年が過ぎようとしている。短い時間の中で、早回しのように幾多もの事情が起きた。だけど、自分だけは、しっかりしていよう、と時々思う。誰かに頼ってばかりじゃいけない、自分だけは……。
どこも見ていなかった。ただ、いつもと同じ風景だと思ったから。
「こんばんは。お久しぶりです」
 声を聞いて、顔を見て思い出した。
「あっ……こん、ばんわ……」
 あ゛―!! そうだ……紺野のこと……すっっっかり忘れてた……。
「えっと……」
 記憶がかなり古くなっているのでそれを引き出しながら、何を説明しようか考えた時、隣にもう2人いることにようやく気づいた。
「こんばんは」
 2人は順番に言う。
「あの、こんな時間にすみません、ちょっとお話しがしたいんですけど、よろしいですか?」
 って、え?
「え、あ、はあ、……なんでしょう?」
「ここじゃ、なんですから……」
 そりゃそうだ。自動ドアのど真ん中で会話とは、なんともはた迷惑である。
 香月は、紺野について行き、ロビーの奥の方のソファに腰掛けた。全て一人掛け用のソファが、丸テーブルを中心に四脚ずつ設置されている。香月が、なんとなく腰掛け、その右隣に紺野が、そのまた右隣にメタルフレームメガネのピシッとスーツの堅そうな男、更に、30半ばのふくよかな女は座らずに、メガネの後ろに立てった。
 一体どんな用件なんだろう。全員スーツだし……!!て、まさか、弟が何かした!?!? 締め切りでも間に合わなかったのかな……。応援要請? いや待て、紺野は正美の出版社とは関係なかったんだったか……。
「あの、どんなことなんでしょう??」
 香月は、メガネが座ったと同時に紺野に聞いた。
「まず、すみません」
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