エスメラルダ
  あの格好では寒いであろうに。可哀想な娘。
 手に入れたい。
 もし自分のものになるのであれば、ランカスターはどんな贅沢も許すであろう。
 そんな事を考えながら、ランカスターは理由をつけてローグ家に泊まる事にした。
 少女と少しでも長く一緒にいたかったのだ。
 しかし、ローグ家に足を踏み入れたランカスターは正直、驚いていた。
 趣味が洗練されているのである。
 商人であったローグ子爵が金持ちであるという事は有名だったが、成金独特のいやらしさはなかった。
 通された部屋の燭台やテーブル、棚まで何もかもがほこりを被るでなく美しく整えられていた。磨きぬかれた胡桃材の家具は、その手入れにより価値が上がった。
 欠点があるとすれば、それは完璧すぎる事だった。少しのだらしなさも許さない、そんな潔癖さだった。
 自分はローグ子爵を見誤っていたのかもしれない。飲み友達としか考えていなかった男の家族の意外な一面に触れて、ランカスターは不思議な思いがした。
 だが、すぐに思考は切り変わる。
 どうすればエスメラルダを領地のエリファスまで連れて行く事が出来るであろう?
 彼女が木々と戯れる様はきっと妖精が遊ぶようだろう。その姿を写し取りたい。
 正餐に呼ばれ、ランカスターはその時初めてエスメラルダと会話した。
 瞳を伏せるでなく、エスメラルダはまっすぐランカスターを見る。
 エスメラルダは優れた話し手だった。
 相槌を打ち、相手の瞳から目を逸らさず、解らない事があれば知ったかぶりをせず素直に教えを乞うた。それは新鮮な会話だった。媚びもへつらいもない会話。
 葬儀の日だと言うので話題は何を話していても自然と黄泉路を辿った夫人の事になった。
 ランカスターは話題を上手に逸らすのだが、エスメラルダの充血した瞳が痛々しかった。それなのに自分を見つめ返してくる胆力の在る瞳だった。
 これが十一の少女の瞳だろうか?
 何と力強い瞳である事か。母をなくしたばかりだというのに。
 泣き喚くでもなく、失神するでもなく。
 ランカスターの知らない女がそこにいて、側に居れば居るほど、ランカスターは魅了されていく。戯れが本気に変わるまで、そう時はかからなかった。
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