エスメラルダ
 その気配りに気付いたのは『金魚亭』の仲間を代表して(率先して立候補したのだが)葬儀に参列したランカスターしかいなかった。
 あの子供の、不思議な力は何だろう?
 商人の家に生まれ育ったというのに品があった。それは躾や何かで表面的に焼き付けられているものではなく、本物の気品だ。昨今の貴族の令嬢にも見出せない本物の気品。
 だが、貴族の令嬢達のような儚さはなかった。強い力を感じた。背筋に電流が走るのを止められなった。きっとこの娘は、麦のように、踏まれてもなお、頭を上げるであろう!!
 絵にしたい、と、ランカスターは思った。
 ランカスターの趣味は絵画だった。いや、趣味というよりは生きる意味か。
 芸術の国メルローアで第一級の画家と名を連ねる程の腕前を持ったランカスター公爵は、しかし、今まで人物画を書いた事がなかった。
 何故なら生きている人間に真実、魅力を感じたことがなかったからだ。
 だが、エスメラルダは。
 染め粉で黒く染めた、質素なモスリンのドレスを着た少女。何処にでもいそうで、何処にもいない、そんな想いを抱かせ、ランカスターの右手を疼かせる。
 その時、喪服の少女とランカスターの目が合った。

 その時が最初の邂逅といっても良いかもしれない。

 エスメラルダの緑の瞳と、ランカスターの青の瞳。

 一瞬で絆は構築された。
 遠い日から、お互いを求めて今まで生きてきたのだとランカスターは思った。
 未来への扉を押し開けてくれるのがこの男だと、エスメラルダは知っていたような気がした。
 二人は出会うべくして出会ったのだった。
 だが、二人は会釈を済ませると、すぐに視線を逸らした。
 エスメラルダがしっかりしていないと葬儀が進行しない。
 ランカスターは故人への敬意を表するのに来た客だ。
 だが、ランカスターは何としてもエスメラルダの、その時は名前しか知らなかった少女を手に入れると誓った。たとえどんな手段に出たとしても。
 黒いモスリンが揺れている。ちゃんとした喪服を作る余裕がなかったエスメラルダ。まさか母親が死ぬなど考えもしなかった幼い少女は、自分の手で服を染めた。

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