エスメラルダ
第十二章・『審判』と生誕祭
 フランヴェルジュの生誕式は派手なものになった。
 真冬である。
 だが、その日の朝、地面にも床にも何処かしこにも花という花がばらまかれ、自己主張し、王都カリナグレイの誇る王城までの広い石葺きには両端に無数の屋台が並んでいた。
 フランヴェルジュは式典用の衣装に身を包み、真白な毛皮で縁取られた赤いマントを羽織り、民衆の前に姿を現していた。
 王城の前の広場、そこへ僅か数人の供を連れただけの格好で現れた国王たる彼はとつとつと演説を始めたのである。
 国王の姿が目の前で拝めるということで人々は凄まじい勢いで集った。
 その中、フランヴェルジュは国王というよりは青年らしい朗らかな笑顔を浮かべる。
 その姿に、人々は親しみを感じた。
 国王といえどただの人間なのだ、と。
 周囲の全てがこのようなフランヴェルジュの行動を黙認したわけではない。
 だが、ブランシールは反対派に対してせっせと説得に勤しんだ。
 国王フランヴェルジュは歴代メルローア国王の中でも最も国民に愛されたと言われているが、彼がその信頼を勝ち取る為に盛んに民衆の前に姿を現し、ある時は雲上人を演じ、ある時は今日のような親しみやすい青年の姿をさらす事が出来たのはブランンシールの功績に負うところが大きい。
 午前中を広場で他愛ない話をしていたフランヴェルジュは昼前には王城に引っ込んだ。人々に惜しまれつつ。
 昼食は各国の使節達と食べる事になっていた。ブランンシールとレーシアーナは明日の婚姻の最後の調整の為に欠席した。
 フランヴェルジュは寂しい。
 だが、そういった時こそ他者と交流を深めるチャンスでもある。
 自分が上機嫌なときや周りに愛すべき者達が居る時はつい疎かになりがちなことだが、フランヴェルジュは国王なのである。
 さて、誰に声をかけようか。
 本来なら隣国のファトナムールの使節と話したい事があった。
 ファトナムールから輸入していた羊毛に凄まじい高値がついたのである。
 他国にはいつもの値段で売っているというのにメルローアにのみ高い関税をかけてきたのだ。
 長年の友好国である。その国が何故突然そんな暴挙に出たのか。
 フランヴェルジュは密偵を送り込んだが、誰も帰ってこなかった。
 殺されたという事だ。
 直談判する良い機会だと思ったのに、雪の為に遅れると、昨夜、鳩が書簡を運んできた。
 そこにあった名前はファトナムール第一位王位継承者ハイダーシュ。
 まぁ、今日が無理でも明日があるさ。
 フランヴェルジュは意識を切り替えると他の国の使節に話しかけた。
 国交。国交。国交。
 フランヴェルジュにはつまらない事である。
 だが、彼は自分が背負うものの重みをよく知っていた。
 メルローアの民の為に!
 全てはそれに尽きる。今までの彼ならば。
 だが今は。
 エスメラルダの為にも。
 そう、思うようになった。
 エスメラルダが座り心地の良い玉座に座す事が出来るようにと。
「メルローア国王陛下、雪でございますな」
 フランヴェルジュと喋っていたエネーシャ国の使節がそう言った。
 雪?
「陛下は神の愛し児か。天から白い花が舞い散り、陛下を言祝ぐ。メルローアの未来に光あれ!!」
 エネーシャ国の使節はそう叫ぶとゴブレットを高々と掲げ、そして引き戻すと一息にあおった。
「フランヴェルジュ国王陛下に光あれ!」
 他の者も便乗して乾杯の音頭が幾つも取られた。
 フランヴェルジュは苦笑する。
 外の雪はいまや嵐の様相を見せていた。
 エスメラルダ。
 本当はこんなところにいたくない。
 政治が嫌いなのではない。
 愛しい娘の側に行きたいと思うのだ。
 ただ一人、試練に向かう娘に。
『フランヴェルジュ様、お待ち下さいませね、きっと何処の誰が贈るよりも素晴らしいものをお贈り致しますわ』
 あの笑顔が頭に焼き付いて離れない。
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