エスメラルダ
 エスメラルダはたっぷり一時間は湯の中にいた。出ることが許されたのはそれからである。
 だが、エスメラルダは生まれて初めての完璧なる屈辱を味わう事になる。
 タオルで身体を拭かれた後、香油と共に剃刀が持ち出され、顔と頭髪以外の全ての体毛をそり落とされたのだ。その足の間でさえ。
「や……!!」
 エスメラルダのか細い悲鳴は、しかし冷酷な声にかき消される。
「お身体に剃刀傷をつけたくなければ、静かに大人しくして下さいませ」
 剃刀が肌を這う感触。
 こんな屈辱があろうなどとは知るはずもなかった。
 だが、これはエスメラルダが味わった屈辱の一部に過ぎない。
 次に、部屋に運び込まれたのはつんとした臭気を放つ白いクリームだった。
「ホトトル山から運びました泥に薬草を練りこんだものです。これをお肌に」
 巫女の一人が言うなり、べちゃりという音を立ててエスメラルダの身体にそのクリーム状の泥が塗りつけられた。
 巫女達は手際よくエスメラルダを白く染める。大方塗り終えてしまうと、巫女達はエスメラルダに彼女の腹の高さ程ある、複雑な彫刻が施してある車輪のついた台の上に寝転がるように指示し、言った。
「足をお開きください」
 エスメラルダは泣きたくなった。
 わたくしは処女なのに! 何故この様な扱いを受けねばならないの!?
「足を。エスメラルダ様」
 再度の巫女の言葉にエスメラルダは唇を噛んだ。
 これが、アユリカナ様の通られた道であるとなら、わたくしにだって出来ぬ筈がない!!
 初めて開いた脚は、震えていた。
「もう暫く足を開いたままいらして下さいましね。ホトトルの果実で作った顔料です。貴女様の身体を主のおわす地に繋ぐ魔法陣を描きます」
 筆がエスメラルダの身体の上で踊った。
 赤と青と緑の顔料がエスメラルダの顔といい、足といい、腹といい、何処もかしこも鮮やかに彩る。
 冷たい台の上でエスメラルダは震えそうだった。
 だが、そのうちに筆の乱舞が終わればタオルくらいはかけてもらえるだろうと考えていたエスメラルダが甘かった。
「失礼」
 くいっと、エスメラルダの両腕は掴み取られた。そして手首を鉄の輪で一つに止められ。
 脚は開いたまま台の両端へとつながれた。
 恐怖を感じる。
「さて、エスメラルダ様。準備は整いましてございます」
 エスメラルダは悲鳴をあげるのを必死で堪えた。
 この格好が準備の整った格好だというの!? 信じられない! まるで見せ物ではないの!!
 だが、準備が整ったというのであればそうなのであろう。
 そして、巫女達は車輪のついた台を押す。
 エスメラルダを縫いとめた台を。
 先導の巫女が部屋の扉を開けた。
 すると、花の香りがした。
 甘い花の香りはもう遠くなってしまった日を思いださせる。
 主の話をしてくれたマーデュリシィの事をエスメラルダは思い出す。
 まぶしい位の明かりの中、エスメラルダは目を閉じた。
 その部屋には、神殿中の人間が集ったのではないかというほどの人がいたのである。
 女だけでは勿論なかった。
 そこには男達も沢山いた。
 エスメラルダは恥ずかしく思う。
 見たくなかった。
 怖かった。
 ガラガラという車輪の振動が背を打つ。
 そしてかなりの距離をいったところで台は止まった。巫女達が離れて行くのが気配でわかる。
 そして自分が、圧倒的な存在感の持ち主の眼前にいるのも感じた。
 マーデュリシィ様!
 エスメラルダは恐々と目を開けた。
 果たしてそこにはマーデュリシィが、いた。
「小さき者よ、宣言せよ。そなたの身が未だ男を知らぬ処女であるか否か」
 凛とした声でマーデュリシィは言う。
 愛も変わらず美しい声だった。
 だが、あの日の温かみは何処にもない。
 凍りついたような大祭司としての声。
「我、ここで宣言す。我が操は未だ誰にも犯された事はない事を」
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