エスメラルダ
結局、レイリエの華燭の典から帰ってきたアユリカナの側に張り付いていても特に収穫はなかった。
レイリエの婚姻の儀の様子や何かを話すだけに留まったのだ。
勿論、アユリカナはレイリエがまだ何かを企んでいると明言したが。
ちなみにアユリカナは新婚の夫婦の間にひびをいれてやろうとレイリエへの贈り物にアシュレの愛用していた万年筆を、他の贈り物とは別に、個人的な贈り物として持って行ったそうだ。とりあえず螺鈿の筆入れに入れて、それを更に薄紫の透かし紙でくるんだという。
大切に梱包されたその万年筆はサファイアがあしらわれたもので特注の品だった。
レイリエにはすぐに何かと解る筈だ。
レイリエはきっと動揺するだろう。それを見たハイダーシュは何事かと思うであろう。
それが楽しみで、義理の姉の立場を利用したアユリカナは式が終った昼食の席で、レイリエにその『個人的な贈り物』を渡し、開封するように命じたのだそうだ。
そう。頼んだわけでもなければ促した訳でもない。文字通り命令したのだ。なんともアユリカナらしいとその話を聞きながらエスメラルダは思ったものだ。
アユリカナ様だけは敵に回したくないわ。
贈り物を受け取ったレイリエは笑顔を絶やさないようにしてその透かし紙から螺鈿の箱を解放した。
ハイダーシュが興味深そうにアユリカナと妻となったばかりのレイリエの顔を交互に見やったという。その顔にはまだ子供らしいあどけなさが残っていたというが、二十五歳で子供らしいは誉め言葉ではないであろう。あどけないだなどと女に言うならまだしも成人男性に言う言葉ではない。
螺鈿の筆入れに括り付けられている組紐を解くと、レイリエはその箱を開け、そして箱ごと万年筆を落としたそうだ。
大理石の床の上を万年筆は転がっていったという。 ハイダーシュが必死に万年筆の後を追い、壁際で捕まえ、そして妻の異変を見た。
レイリエは屈んで螺鈿の箱を拾う。その顔に浮かんだ限りなく優しい笑みのようなものを、恐らくハイダーシュはそれまで見た事がなかったのではないかとアユリカナは言っていた。ハイダーシュはひたすらに食い入るような眼差しでレイリエを見ていたらしい。
可哀想なハイダーシュはただ万年筆を新妻に渡し、彼女は涙を浮かべながら微笑んでそれに応えたという。
「有難うございます。メルローア王太后陛下」
レイリエは生まれて初めてアユリカナに礼を言ったのだそうだ。
アユリカナとしては面白くなかったらしい。
ここで一揉めすればと思っていたのにと。
それなのにアユリカナが見たのは、レイリエが生まれてこの方ずっと見守ってきたが、その日まで見た事の無かった満面の笑みだったのだ。
ハイダーシュは訝る事を恐れていたように見えるとアユリカナは言っていた。
それは確かにあれだけの噂になった姫である。一々疑っていたらキリが無いのであろう。
だけれども、これはアユリカナも知らないし予想もつかない事だが、ハイダーシュは後に気が狂うのではないかと思う程、後悔する羽目に陥るのだ。
万年筆の謂れを聞く事を躊躇した、その為に。薄い蒼色の瞳に浮かぶ恍惚とした感情を見てみぬフリをした為に。
アユリカナも認めたくないが、万年筆を受け取ったレイリエは、少し野暮ったいウエディングドレスを着ているというのに吃驚するほど美しかった。しかし、これは自分の胸に収めておく事にした。口惜しかったのだ。
娘達はハイダーシュは臆病者だとか弱虫だとか犬だとか散々に罵った。
レイリエの変化に気付いたのであれば問い詰めれば良かったのに、と。
そんなお茶会を終え自室に戻ったエスメラルダは、カスラから報告を受けていた。
華燭の典の後、アユリカナが馬車に揺られている最中にレイリエとハイダーシュは赤ん坊の玩具を大量に購入したという。色彩は黄色でまとめたらしい。
「あの二人、もう子供が出来たの?」
レイリエの身体の秘密を知らないエスメラルダはそう言ったが、カスラは否定する。
「恐らく王弟殿下の和子様に贈られるのではないかと。ファトナムールの紋章を刻んだ品は一つも無かったと報告を受けております」
「そう、ご苦労様。続けて見張りを」
機械的に命じ、エスメラルダは思考の海に沈んだ。レーシアーナの和子? それなら自分とレイリエの対決も思ったより近いかもしれない。
レイリエの婚姻の儀の様子や何かを話すだけに留まったのだ。
勿論、アユリカナはレイリエがまだ何かを企んでいると明言したが。
ちなみにアユリカナは新婚の夫婦の間にひびをいれてやろうとレイリエへの贈り物にアシュレの愛用していた万年筆を、他の贈り物とは別に、個人的な贈り物として持って行ったそうだ。とりあえず螺鈿の筆入れに入れて、それを更に薄紫の透かし紙でくるんだという。
大切に梱包されたその万年筆はサファイアがあしらわれたもので特注の品だった。
レイリエにはすぐに何かと解る筈だ。
レイリエはきっと動揺するだろう。それを見たハイダーシュは何事かと思うであろう。
それが楽しみで、義理の姉の立場を利用したアユリカナは式が終った昼食の席で、レイリエにその『個人的な贈り物』を渡し、開封するように命じたのだそうだ。
そう。頼んだわけでもなければ促した訳でもない。文字通り命令したのだ。なんともアユリカナらしいとその話を聞きながらエスメラルダは思ったものだ。
アユリカナ様だけは敵に回したくないわ。
贈り物を受け取ったレイリエは笑顔を絶やさないようにしてその透かし紙から螺鈿の箱を解放した。
ハイダーシュが興味深そうにアユリカナと妻となったばかりのレイリエの顔を交互に見やったという。その顔にはまだ子供らしいあどけなさが残っていたというが、二十五歳で子供らしいは誉め言葉ではないであろう。あどけないだなどと女に言うならまだしも成人男性に言う言葉ではない。
螺鈿の筆入れに括り付けられている組紐を解くと、レイリエはその箱を開け、そして箱ごと万年筆を落としたそうだ。
大理石の床の上を万年筆は転がっていったという。 ハイダーシュが必死に万年筆の後を追い、壁際で捕まえ、そして妻の異変を見た。
レイリエは屈んで螺鈿の箱を拾う。その顔に浮かんだ限りなく優しい笑みのようなものを、恐らくハイダーシュはそれまで見た事がなかったのではないかとアユリカナは言っていた。ハイダーシュはひたすらに食い入るような眼差しでレイリエを見ていたらしい。
可哀想なハイダーシュはただ万年筆を新妻に渡し、彼女は涙を浮かべながら微笑んでそれに応えたという。
「有難うございます。メルローア王太后陛下」
レイリエは生まれて初めてアユリカナに礼を言ったのだそうだ。
アユリカナとしては面白くなかったらしい。
ここで一揉めすればと思っていたのにと。
それなのにアユリカナが見たのは、レイリエが生まれてこの方ずっと見守ってきたが、その日まで見た事の無かった満面の笑みだったのだ。
ハイダーシュは訝る事を恐れていたように見えるとアユリカナは言っていた。
それは確かにあれだけの噂になった姫である。一々疑っていたらキリが無いのであろう。
だけれども、これはアユリカナも知らないし予想もつかない事だが、ハイダーシュは後に気が狂うのではないかと思う程、後悔する羽目に陥るのだ。
万年筆の謂れを聞く事を躊躇した、その為に。薄い蒼色の瞳に浮かぶ恍惚とした感情を見てみぬフリをした為に。
アユリカナも認めたくないが、万年筆を受け取ったレイリエは、少し野暮ったいウエディングドレスを着ているというのに吃驚するほど美しかった。しかし、これは自分の胸に収めておく事にした。口惜しかったのだ。
娘達はハイダーシュは臆病者だとか弱虫だとか犬だとか散々に罵った。
レイリエの変化に気付いたのであれば問い詰めれば良かったのに、と。
そんなお茶会を終え自室に戻ったエスメラルダは、カスラから報告を受けていた。
華燭の典の後、アユリカナが馬車に揺られている最中にレイリエとハイダーシュは赤ん坊の玩具を大量に購入したという。色彩は黄色でまとめたらしい。
「あの二人、もう子供が出来たの?」
レイリエの身体の秘密を知らないエスメラルダはそう言ったが、カスラは否定する。
「恐らく王弟殿下の和子様に贈られるのではないかと。ファトナムールの紋章を刻んだ品は一つも無かったと報告を受けております」
「そう、ご苦労様。続けて見張りを」
機械的に命じ、エスメラルダは思考の海に沈んだ。レーシアーナの和子? それなら自分とレイリエの対決も思ったより近いかもしれない。