エスメラルダ
 レイリエは、ファトナムールの『月華夢弦城』の後宮で溜息をついていた。
 暇である。
 暇であるが出来る事が何も無い。
 ファトナムールは質実剛健を持ってよしとする国柄であり、華美な事は一切許されていないのだ。華燭の典が簡素に思えたレイリエだったが、あれでもハイダーシュが心を砕いて父王達を説得してくれてあれだけの規模となったという。
 そして初夜が明けるとレイリエは籠の中の小鳥宜しく、後宮に閉じ込められた。
 ファトナムールでは男達が活躍する。
 女にも、限られていたとはいえ、活躍する場が与えられていたメルローアとは大きな違いであった。
 せめてこの黴臭い後宮を整理しようとしても予算が無いのだ。
 窓を大きく開け放ち、侍女達をあと十名でも良いから雇って埃や蜘蛛の巣を払って掃除させ、クッションを膨らませてカーテンを洗うか取り替えるかし、それからシーツも洗いざらしのもので無く新しく買い換えられたならばと思う。羽根布団も万年床になっている所為で心地良くない。羽根を入れ替えて外に干したい。
 清潔な暮らしを求めるだけでも華美だといわれなくてはならないのだから、レイリエが憂鬱に成るのも仕方ないといえた。
 そして、何故豊かな金鉱を有するこの国がこんなにもけち臭い……否、経済的なのかを夫に寝物語で問い、レイリエは驚いた。
 余りにも非現実的な話である。
 ファトナムールはメルローアに戦を仕掛けるつもりらしい。
 皮肉な事にレイリエがこの国に身を寄せた事からハイダーシュの父親、ロウバー三世がその事を思いついたのだという。
 ハイダーシュはお酒が入ると饒舌になる。
 そこでレイリエは紅茶にたっぷりとブランディを注ぎ、頭の弱い、守ってやらなければならない女を演じながら、どれ程の脅威からレイリエを守る為にハイダーシュが苦労しているのかという自慢話を聞きだしたのだった。
 話を総合して、ハイダーシュは理想主義者過ぎる、と、レイリエは断じた。
 ハイダーシュの言葉だけ聞いていると、いかにも簡単そうな事に聞こえるのだが、実践に移した時は何もあてにならないという事がレイリエにはひしひしと伝わってきたのである。
 軽く、レイリエは後悔する。
 机上の論では頭脳の優秀さを見せるがそれが即、賢さになるとは言えない。強く賢いという噂を信じすぎた。強いと謳われども、自国のトーナメント位しか経験の無い男。
 巻き狩りさえした事がない男に実戦で兵を率いる事など可能なのだろうか。
 ハイダーシュは駄目だ。努力をしているようだがその努力が見事に成果に繋がらない。
 自分の身は自分で守らなければならないとレイリエは痛感した。そのためには策を練らないと。
 ロウバー三世はレイリエを人質として使う気であり、その事でハイダーシュとは真っ向から対立している。
 メルローアの民なら、自国の王族の為なら、例え王位継承権を放棄し国を捨てた女の為でも、剣を取るであろう。国王自ら馬上の人となり、ランスを構え、ブロードソードを腰に佩き、軍を率いるであろう。
 そう。レイリエが捨てた者達は彼女の為なら嫌々でも剣を取る。
 それがメルローアの男というものだ。
 戦争を起こさせてはならない。
 レイリエはそう思った。
 それが一番確かな身の守り方であり、そしてファトナムールと境を接するエリファスを、彼女の兄の愛した土地を守る方法だった。
 だからレイリエは甘えたようにこう言ったのだ。
 メルローア王弟妃の出産祝いには是非里帰りがしたい、貴方の愛に守られていれば国王とて恐れるものではないから一緒にメルローアに行きましょう、と。
 戦を起こす国の内情も調べたほうがいいでしょうしね、と、付け加える事も忘れなかった。そうやってロウバー三世を説得する時の言葉をハイダーシュに覚えさせたのだ。
 女の浅はかさというけれども何処まで通じるかやってみようじゃないの。
 ブランシールに接触できたらこっちのものだ。彼は兄と深く結びついている。もう一度溺れさせるのは訳ない事のように思えた。
 先日、玩具も買った。
 後はレーシアーナが早く子供を生むのを待つだけだ。それまでは退屈な時間を利用して色々な策をシュミレートするのがいいのかもしれない。
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