エスメラルダ
「戦争?」
 エスメラルダはカスラの言葉を鸚鵡返しに唱えた。
「はい、ファトナムールは着々とその準備をしておりまする。今日まで確証が取れなかった為ご報告が遅れましたこと、大変申し訳なく思っております。我が首刎ねよとのご下命あらば、直ちにカスラは喉首かっ切って果てて見せまする。ですが我らの誰も現実になるかならないかの事でエスメラルダ様を悩ませとうございませんでした。責は長である私一人にあります」
「何故確証が得られたの?」
 エスメラルダはカスラの懺悔を無視して会話を進めた、カスラはそれに文句を言わない。
「はい、昨日大聖堂にて戦勝の祈りが国王と王太子、大司祭の三人で捧げられたからです。これは聖戦であると」
「聖戦? 何故? 理由も無く他国を蹂躙せんとしているのでしょう? それの何処が聖戦だというの?」
「民を飢えさせないための戦であるという大義名分の許に祈りは捧げられました」
 淡々と答えるカスラの前でエスメラルダは爪を噛んだ。エスメラルダの悪い癖だ。
「雪解けを待って春攻めてくるとしたら植え付けが出来ないじゃない。夏だって麦や米は手をかけてやらないと出来ないわ。秋は収穫時期だしそんな時期に男手を持っていかれたら大変だわ。冬は戦いに向いていない。いつ、戦が始まるの?」
「解りません」
「何ですって?」
 エスメラルダは爪を噛むのも忘れ、自分の忠実な部下を見やった。
 自由になりなさい。
 そう言ってやりたいけれども、エスメラルダ自身がなくてはならぬものだと感じている為に解放できないでいるカスラとその一族。
 そのカスラが解らないなんて?
 それでは行動が決められない。
「どういう事なの?」
「ロウバー三世はレイリエを人質に一気に攻め込もうとしているのですが、ハイダーシュがそれに異を唱えて、昨日も祈りを捧げ終わったかと思うと壮絶なる喧嘩を繰り広げる始末です。ハイダーシュは人質ではなく戦乙女として軍を鼓舞するのに使い、そしてメルローアが落ちた暁にはメルローアの王族の血を引くあの女を女王とするつもりなのです」
 その言葉に、エスメラルダは頭痛を覚えた。
「ハイダーシュ、噂とは違って馬鹿なのかしら? そうね、きっとそうだわ」
「ロウバー三世の方は他のメルローア王族達と一緒にレイリエの首も刎ね、メルローアをファトナムールが飲み込む形で統治出来る様にと考えているようです」
「だけれども、何故? 何故今戦争なの?」
「ファトナムールの金鉱の金の産出量が落ちているのですよ。上手くごまかしていました。王家の所有する金なども混ぜて産出量の低下を他国に知られないようにしていたのです。ですが王家の金にも限界はあります。もう隠し通せるかどうかのぎりぎりの瀬戸際なのです。工夫達はもう三年も家に帰っていません。秘密がばれるのを恐れた王家と議会と教会により軟禁され、逃亡者には死が与えられるのです」
「ファトナムールから金が取れなくなったらスゥ大陸が大恐慌に陥るわ!」
 エスメラルダは腰掛けていた揺り椅子から衣擦れの音をさせて立ち上がった。
「エスメラルダ様、どちらへ?」
「アユリカナ様に相談申し上げるわ。フランヴェルジュ様に言っても何故そんな事を知っているのかって所から説明しなくてはならないのですもの。アユリカナ様の方が早い」
「メルローアは恐慌とは無縁です。どれだけの金を代々の王達が溜め込んできたかをお知りになれば吃驚なさいますよ。ファトナムールの民にしてみれば自業自得でしょう。耕しも紡ぎもせず、貧民やら囚人に金を掘らせ、その上で胡坐をかいていた訳ですから」
「戦争は避けなくてはならないわ!!」
 苛々とエスメラルダは叫んだ。
「他に報告は? 無いなら引き続き今まで通り、いえ、諜報部員を二倍にして、見張っていて頂戴。わたくしはアユリカナ様のところに行きます」
 そう言うとエスメラルダはカスラが影に溶けた気配を身体で感じながら扉に向かった。寝室を突っ切り書斎を突っ切り、応接間の方に向かった時、異常な鈴の音が響いた。
「エスメラルダ様!」
 侍女が呼ぶ。レーシアーナの侍女だ。
「何事!?」
 エスメラルダが問うと侍女が叫んだ。
「妃殿下、破水なされましてございます!!」
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