エスメラルダ
 エスメラルダの衣装室にはソファベッドが運び込まれていた。
 そのソファベッドにレーシアーナが身体を預けている。
 クッションを幾つも背中にあてがい、何とか半身を起している状態だ。
 その隣に揺籃。ルジュアインは眠っている。
 かなり神経の太い子供で、眠りたい時は周りがどんなに賑やかでも眠る赤ん坊だったが、反対に人の気配がなくなるとけたたましく泣く。
 衣装室には四人の女がひしめきあっていた。
 エスメラルダ、レーシアーナ、アユリカナ、そして衣装デザイナーのフォビアナである。
 次期王妃の衣装室は決して狭くない。
 だが溢れんばかりのドレスと……生きている間にこのドレス全てに袖を通すのは無理なのではないだろうかとエスメラルダは思っている……ソファベッドと揺籃とその人数で、定員一杯一杯といったところだ。
 今日は衣装の最終的な合わせの日だった。
 修正があるのなら今のうちに言わなくてはならない。
 しかし、エスメラルダは婚礼衣装の全てに目を通したわけではないのだ。
 パレードの時とバルコニーから国民に声をかける時、披露宴時、の、白いドレスは見た。
 その後の夜会で着る赤いドレスも翡翠色のドレスも見た。
 フォビアナとは何度となく喧嘩をしたり一緒に考え込んだりしたお陰で満足の行くものに仕上がっている。
 が、一番大事な神殿での儀式の時に着るドレスをエスメラルダは見ていないのだ。
 周囲曰く、
『エスメラルダを吃驚させたいから』
との事。
 一生のことである。
 ちゃんと自分で見たいと思ったが、フランヴェルジュの意見をメインに細かい修正をレーシアーナとアユリカナが、そしてフォビアナが仕上げをしたドレスが一寸楽しみでない事もない。
 でもやはり見てみたいとは思うもの。
 わたくしって贅沢なのかしら?
 エスメラルダは少し悩む。
 ちなみに今着ているのはパレードで無蓋馬車に乗って手を振るイヴェントのドレスだ。
 人差し指の長さ程の布地を引き摺る、今回の衣装の中では割と短めの裾のドレス。
 胸元が大きく開いていて、左肩にドレスの布地と同じ生地で作った大きな薔薇のコサージュを飾る。薔薇の朝露は小さなダイヤモンドで表現されているが、エスメラルダにはこんなところ見る人間はいないのに無駄な事に思えてしまう。
 だが、そんな時、エスメラルダはランカスターの言葉を思い出す。
『無駄を贅肉に変えるのもとびきりの芸術に変えるのも、それを纏う人間の心の在り様だ』
「なんだか不満そうでいらっしゃいますわね? エスメラルダ様」
 フォビアナの言葉に、エスメラルダは笑った。
「不満ならあるわよ。わたくしの可哀想な小さな小さな胸をこんなに露出させるなんて、各国貴賓の方々の笑いものになってしまうわ」
「エスメラルダ様のお胸はいいお胸です。大きすぎず小さすぎず、垂れてもなく張りがあり、御椀を逆さにしたような綺麗なお胸です。陛下だけでなくそのお姿をご覧になった全ての人間を魅了する事間違いなしです。ええ、あたくし断言致しましてよ」
「……フォビアナが正しいと思うわ」
 くすりとレーシアーナが笑った。
 アユリカナも笑う。
「わたくしのような年になって御覧なさい、可愛い娘。胸なんて出せなくなってしまってよ?」
 エスメラルダは頬を膨らませて見せるが、すぐに笑い出してしまう。
 ウエストの右の方にもコサージュが大きいのが一つ、小さいのが二つついているのだが、そこからレースが霞のように展開している。何段にもなったレースは朝霧を模してあるのだそうだ。スカート周りを一周しているわけではなく右下腹部から背後を飾る。
 スカート自体はマーメイドラインになっていて、ところどころに、とても小さな薔薇があしらわれているが、裾に行くほど少しずつそれは大きくなる。
「わたくし、変ではありませんか? アユリカナ様」
「とっても可愛くてよ」
 アユリカナがそう言って、腰を屈めた未来の娘に接吻した時、異変は起きた。
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