エスメラルダ
「マーデュリシィは何か恐ろしい予言を得たようです。だけれども、予言を読み解く前にマーデュリシィは心を一時的に閉ざし、それを拒絶しました。正視に耐えるものではなかったのです。アユリカナ様、申し訳ありません。我が血族の使命を知りながら、マーデュリシィは拒絶した。すぐに次の大祭司を立てまする。その大祭司が予言を読み解くでしょう。それまでの間、おお、僅かな間ですがこの国に……」
「待って!!」
 思わず、エスメラルダは声を上げた。
「……話の途中です。何ですか? エスメラルダ様」
「マーデュリシィ様はどうなるのです?」
「贄に。それ以上は貴女が知る必要のないことです」
 エスメラルダの問いに、バジリルは氷のように冷たい声音で答えを返した。
 エスメラルダの背中を冷たいものが這う。
「予言を読み解くまでの間は何も対策が立てられません。アユリカナ様、その間、どうぞ、この国を守るため王をお導き下さい……」
 再び、バジリルはアユリカナのほうを向くと一気にまくしたてた。
 レーシアーナは頭がくらくらしてついていけない。
 エスメラルダは拳を握った。
「お願いです。贄の、贄の意味を!!」
「そんなに知りたいのですか?」
 バジリルの声はとても冷たい。
 だが、エスメラルダも引き下がれなかった。
「知りたいです! 知らずにいる事は、なんだか許されない事のような気がするから!!」
 すると、不意に。
 
 バジリルは笑った。

 三人の女達は吃驚する。
 バジリルの笑みの余りの優しさに。
「貴女が次の王妃でよかったですよ。エスメラルダ様。自分がしたい事、しなくてはならない事をご存知だ」
 その声は何処までも優しい。
 だからこそ、次の言葉に皆、己の言葉も顔色も無くした。
「次の大祭司を立てます。血族の娘でマーデュリシィに次ぐ魔力の持ち主を立てるのです。だけれども、予言とはデリケートなもの。一度拒絶した予言を他の誰かが読むなどというのは本来なら不可能なのですよ。予言に近しい者なら例外もありますが。ですが、どんな予言かも解らないのに例外を待っていられません。よって、マーデュリシィの血肉を、心臓を、脳を、次期大祭司に食させます」
 沈黙の帳が下りた。
 誰も何も言えない。
 いえようか?
 人が人を食べるだなどと……!!

「くっだらないわ!」

 エスメラルダは叫んだ。
 バジリルは眉をしかめる。
「くだらない?」
「予言って全てが見えるわけじゃないんでしょう!? 先王陛下には毒殺の疑いもあった。予言があったんだったら毒殺されたかそうでないかだって解った筈よね!? 生きて災いをふりまいている人間だっているけれども予言があるならその人が生まれた時点で解っているのではない!? 悪い事に全部予言なんてあったら、この世の災い、全部摘み取られているんじゃないの!? そうじゃないけれども皆足掻きながら生きている。予言なんていらない!! そんな事で人を殺すなんて、どんな恐ろしい予言より恐ろしいじゃない!!」
 エスメラルダは一息で言い切ると肩で息をした。そう、わたくしは間違っていない。
「エスメラルダ様……貴女は未だ王妃ではない。決められるのは……」
「わたくしよね? わたくし、ヒトデナシにはなりたくないわ」
 アユリカナの言葉にバジリルは苦笑する。しかし、何処か嬉しそうに。
 レーシアーナは何が起こっているのか必死で頭の中で構築しようとするがうまくいかない。考えようとしても頭は鉛のように重い。
 熱の所為なのだろうか? 今日は体調が良かったのだけれども。
 だけれども、ああ、駄目。目の前が霞んできた。
「レーシアーナ!?」
 エスメラルダの悲鳴が聞こえる。
 わたくしは大丈夫よ。
 そう答えたい。切実にレーシアーナは思う。
 しかし、次の刹那、レーシアーナの意識は飛んでいた。
 そしてマーデュリシィが拒絶した予言を紐解く事になる。
 レーシアーナは血族ではなかった。
 ただ、予言の当事者であったから見る事叶っただけだ。
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