エスメラルダ
第十七章・始まりの終わり
 マーデュリシィが目を覚ますと、沢山の巫女達が自分の周りを囲んでいた。
 マーデュリシィは不思議に思う。
 まだ、生きている。
 血族の掟に逆らった自分は、『贄』になるのではなかったか?
「マーデュリシィ様!!」
「大祭司様! お目覚め遊ばされたのですね!」
 巫女達の嬉しそうな声。
 働かない頭で、マーデュリシィは現状を把握しようとした。
 今いる場所は私室ではない。
 神殿の奥の間、常日頃マーデュリシィが祈りを捧げる祈祷の間の手前だ。
 そこの大理石の台にマーデュリシィは横たえられていた。
 半身を起しながら、マーデュリシィは必死に思い出そうとする。
 此処で、自分は予言に襲われた。
 予言とは、形あるものではなく幻のようなもの。
 強い予言は意識を引き摺りこみ、まるで夢を見ているような気分にさせる。
 力のない者が見ること叶わぬその予言は、マーデュリシィを選び、そして彼女は拒んだ。
「マーデュリシィ様……?」
 不安そうに声をかけたのはつい先日この神殿に迎え入れたカリカという巫女だった。
 血族の娘。
 マーデュリシィの次に優れた力をもつ、娘。

 今わたくしが死を命じられたら、わたくしを食すのはこの子、だけれども……。

 マーデュリシィは予言を見ていない。
 その予言から逃げ出してしまった。
 何故逃げたのかも思い出せないが、きっとそれほどまでに恐ろしいものであったのだろう。
 知らなくてはならない。血族の娘が。
「お前達……」
 マーデュリシィは口を開いた。
 喉の奥が乾いてひりついている。その喉が痛い、と、思ったらマーデュリシィにグラスが差し出された。空っぽだったグラスは、マーデュリシィの手に触れると、水で満たされる。冷たく凍るような水に。
 こくり、と、喉を潤してからマーデュリシィは微笑を浮かべ、グラスを差し出した巫女に有難うを言ってから問うた。
「わたくしはどれ位眠っていたかしら?」
「一刻ほどです」
 巫女の答えに、マーデュリシィは胸をなでおろす。
 まだ何もかもが手遅れというわけではない、と、そう、思いたい。
「悪いのだけれども。カリカと二人きりにしてくれないかしら?」
 カリカは驚いた顔をしたが、巫女達は顔を見合わせ、そして頷いた。
「御用があれば及び下さいまし」
 年嵩の巫女がいい、マーデュリシィは素直に「勿論」という。
 静かに、巫女達は退出して言った。
 彼女らの中で、大祭司マーデュリシィが意味のない事をしない人間だという認識がある故に、誰も不安にも不満にも思わない。
 退出して行く巫女達の後姿を見てマーデュリシィは溜息を押し隠した。
 自分が拒絶した予言は知らなくてはならないもの。
 大祭司が予言を拒むなどと本来あってはならないことだ。
 だから、責任は取らなくてはならない。
「カリカ」
「はい!」
 上ずる声で返事をするカリカに、マーデュリシィは何だかとても心が痛くなる。
「予言を見ましたか?」
「……いえ」
 カリカは俯いた。
「マーデュリシィ様の恐怖が流れ込んできて、悲鳴を上げてしまいました。ですが予言は……見えていません」
「……血族の掟は、知っていますね?」
 落ち着いたマーデュリシィの声にカリカは子供のように首を振った。
「嫌です! 嫌!!」
「カリカ……予言を拒絶したわたくしは責任を……」
「取る必要はないのですよ、大祭司様」
 不意に声が響き、カリカは身を震わせ、マーデュリシィは目を見開いた。その場に現れたバジリルは、何処か嬉しそうに言う。
「貴女が『贄』となることを、アユリカナ様も未来の王妃様も望んでいないのです」
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