エスメラルダ
フランヴェルジュが落ち着きを取り戻し、政務に没頭すれば、誰も影口を叩くものはいなくなるであろう。
フランヴェルジュの魅力ゆえに、人々は彼に屈服するであろう。喜びを持って。
そのフランヴェルジュの隣に、エスメラルダが落ち着かない気持ちを必死で隠そうとしながら立っていた。泣き出したいのを必死に我慢しながら、それでも前を向いているエスメラルダ。
本当は、エスメラルダは此処には居たくないのだと、ブランシールには痛いほど良く解った。
彼女はきっと、ブランシールの次にレーシアーナを喪った事でダメージを受けている。
ブランシールにとって、レーシアーナの代わりがいないように、エスメラルダにとってもレーシアーナの代わりはいないのだ。
レーシアーナがどれ程エスメラルダの話をしていたか、ブランシールはよく覚えている。
親友、と、その言葉だけでくくるのはどうであろうと言うくらい、レーシアーナはエスメラルダを愛していた。
出逢ってそれほど経ってもいないのに何故そこまで愛せるのかと言うほど、レーシアーナはエスメラルダを愛していた。そして、彼女の会話から推測するに、エスメラルダもまた彼女を深く深く愛していた。
故に、エスメラルダが味わっているであろう喪失感は、きっととてつもないものであろうと、ブランシールには想像がつく。
それでもそこにいるのは、今逃げたなら二度とフランヴェルジュの隣に並べなくなるという事、悲しみだけでなく周囲からの誹謗に負けた事になるという事を、エスメラルダは知っているのだろう。
気丈な娘だ。
メルローアの玉座に相応しい娘だ。
背を伸ばし前を見詰めるエスメラルダの瞳は涙の膜の所為で、いつもよりより鮮やかに輝いている。
「兄上」
ブランシールが声をかけると人混みが割れた。その隙間をぬって、ブランシールは兄の許に行く。
フランヴェルジュが片眉を上げた。
「どうした? ブランシール」
「少し、風に当たってきます」
兄の問いかけに、ブランシールは簡単に答える。
そろそろ『時間』だ。
「そうか」
フランヴェルジュは素気ないと言ってもいい返事をした。
フランヴェルジュは義妹を失った悲しみだけでなく、自分が愛した少女を守らなくてはならなかったのだ。
きっと兄上は氷姫がこの会場にいないことにもお気づきではないだろう。
ブランシールはほっとしながら言った。
「『義姉上』、ルジュアインを『頼みます』」
こくりと頷いたエスメラルダには知りようがなかったであろう。それが遺言であるとは。
踵を返そうとするブランシールの背に、フランヴェルジュが声をかけた。
「剣をもっていけ。今日は人が多い。警備のものもいるが混乱に乗じようとするものもいるやもしれぬ」
「私は今日は帯剣しては……」
困ったようにブランシールは言った。
葬儀にあたり帯剣など考えてもいなかった。
当たり前である。
ブランシールには己の身を守る事などこれっぽっちも念頭になかったのだから。
「ではこれをもっていけ」
フランヴェルジュは自分が下げている剣を弟に差し出した。
宝石が鏤められた、儀式用の宝剣。
国王の持つ、国宝である。
「兄上、何を酔狂な……この剣は……」
「身を守る事が出来るという意味では普通の剣と何の違いもない。もっていけ。余の命に逆らうでない」
ブランシールは泣きたくなった。
フランヴェルジュはブランシールがこれから何をしようとしているのか、まるで気付いていないのだ。
この剣を身に帯びる資格など僕には……。
それでも、ブランシールは押し戴くように剣を受け取った。
「有難うございます、兄上」
フランヴェルジュが顎をしゃくり、ブランシールは今度こそ踵を返す。
まさかこの言葉が、フランヴェルジュにとって大事な弟が、ブランシールがブランシールである間に放った最後の言葉であっただなどと、この時のフランヴェルジュにどうして知りえよう?
「『義姉上』……」
細い声で、エスメラルダはブランシールの言葉を反芻した。
フランヴェルジュの魅力ゆえに、人々は彼に屈服するであろう。喜びを持って。
そのフランヴェルジュの隣に、エスメラルダが落ち着かない気持ちを必死で隠そうとしながら立っていた。泣き出したいのを必死に我慢しながら、それでも前を向いているエスメラルダ。
本当は、エスメラルダは此処には居たくないのだと、ブランシールには痛いほど良く解った。
彼女はきっと、ブランシールの次にレーシアーナを喪った事でダメージを受けている。
ブランシールにとって、レーシアーナの代わりがいないように、エスメラルダにとってもレーシアーナの代わりはいないのだ。
レーシアーナがどれ程エスメラルダの話をしていたか、ブランシールはよく覚えている。
親友、と、その言葉だけでくくるのはどうであろうと言うくらい、レーシアーナはエスメラルダを愛していた。
出逢ってそれほど経ってもいないのに何故そこまで愛せるのかと言うほど、レーシアーナはエスメラルダを愛していた。そして、彼女の会話から推測するに、エスメラルダもまた彼女を深く深く愛していた。
故に、エスメラルダが味わっているであろう喪失感は、きっととてつもないものであろうと、ブランシールには想像がつく。
それでもそこにいるのは、今逃げたなら二度とフランヴェルジュの隣に並べなくなるという事、悲しみだけでなく周囲からの誹謗に負けた事になるという事を、エスメラルダは知っているのだろう。
気丈な娘だ。
メルローアの玉座に相応しい娘だ。
背を伸ばし前を見詰めるエスメラルダの瞳は涙の膜の所為で、いつもよりより鮮やかに輝いている。
「兄上」
ブランシールが声をかけると人混みが割れた。その隙間をぬって、ブランシールは兄の許に行く。
フランヴェルジュが片眉を上げた。
「どうした? ブランシール」
「少し、風に当たってきます」
兄の問いかけに、ブランシールは簡単に答える。
そろそろ『時間』だ。
「そうか」
フランヴェルジュは素気ないと言ってもいい返事をした。
フランヴェルジュは義妹を失った悲しみだけでなく、自分が愛した少女を守らなくてはならなかったのだ。
きっと兄上は氷姫がこの会場にいないことにもお気づきではないだろう。
ブランシールはほっとしながら言った。
「『義姉上』、ルジュアインを『頼みます』」
こくりと頷いたエスメラルダには知りようがなかったであろう。それが遺言であるとは。
踵を返そうとするブランシールの背に、フランヴェルジュが声をかけた。
「剣をもっていけ。今日は人が多い。警備のものもいるが混乱に乗じようとするものもいるやもしれぬ」
「私は今日は帯剣しては……」
困ったようにブランシールは言った。
葬儀にあたり帯剣など考えてもいなかった。
当たり前である。
ブランシールには己の身を守る事などこれっぽっちも念頭になかったのだから。
「ではこれをもっていけ」
フランヴェルジュは自分が下げている剣を弟に差し出した。
宝石が鏤められた、儀式用の宝剣。
国王の持つ、国宝である。
「兄上、何を酔狂な……この剣は……」
「身を守る事が出来るという意味では普通の剣と何の違いもない。もっていけ。余の命に逆らうでない」
ブランシールは泣きたくなった。
フランヴェルジュはブランシールがこれから何をしようとしているのか、まるで気付いていないのだ。
この剣を身に帯びる資格など僕には……。
それでも、ブランシールは押し戴くように剣を受け取った。
「有難うございます、兄上」
フランヴェルジュが顎をしゃくり、ブランシールは今度こそ踵を返す。
まさかこの言葉が、フランヴェルジュにとって大事な弟が、ブランシールがブランシールである間に放った最後の言葉であっただなどと、この時のフランヴェルジュにどうして知りえよう?
「『義姉上』……」
細い声で、エスメラルダはブランシールの言葉を反芻した。