エスメラルダ
 今、腕にエスメラルダを抱いているのは第一王子、フランヴェルジュだった。曲が変わるたびに、エスメラルダは二人の王子の腕の中を行ったり来たりする。
 フランヴェルジュは、エスメラルダに激しく心揺さぶられていた。エスメラルダのような女は、彼にとって初めてだったのだ。
 叔父上が夢中になられたのもよく解る。
 彼と彼の弟、ブランシールの憧れだったランカスター公爵。
 社交的で快活だったその人が領地の緋蝶城にこもって四年経った。そして……。
 叔父上、貴方は、幸せでしたか?
 エスメラルダの顔に、フランヴェルジュは視線を集中させた。
 エスメラルダはフランヴェルジュが踊り慣れているほかの淑女たちのように目を伏せたりしなかった。本音を隠してハンカチーフや扇の陰から恥じらいを装った誘いを投げかける事もなかった。
 エスメラルダはまっすぐにフランヴェルジュの金色の瞳を見つめ返す。
 その目は猫のように大きく、微かにつりあがっており、長く濃い睫毛に縁取られていた。色は緑。まるでエメラルドのような。
 フランヴェルジュはその瞳に吸い込まれそうだと思う。
 エスメラルダの、紅を引かない唇の両端が微かに持ち上げられた。微笑み。だが、瞳に浮かぶのは挑戦的な色だった。
 あなたがわたくしをその身分で自由にしようとしても、わたくしの心までは自由に出来なくってよ?
 まだ心静まらぬうちに王太子直筆の夜会への招待状が届いた時、エスメラルダ自身には断る権限さえないのだと思い知らされた。それ故に好戦的になってしまうのかもしれぬ。
 エスメラルダは、ただ静かに日々を送りたかったのだ。
 人からの好奇の目線など気にせず、静かに。
 今は他人から寄せられるどんな感情も辛い。
「耳飾りを誂えさせよう。その瞳に似合うエメラルドの耳飾りだ」
 フランヴェルジュは何とかしてエスメラルダの歓心を買いたいと思い、そう口にした。
 そこでフランヴェルジュがよく知っている女達ならば、恥らうそぶりを見せ、実は与えられる事に対しては貪欲なのであるが。
 だが、エスメラルダは違った。
「頂くいわれがありませんわ」
 にっこりと、エスメラルダは笑う。
 腕の中、抱いた少女の発言が、最初、フランヴェルジュには理解出来なかった。
 王太子の贈り物を断ると?
 そんな女がいようとは信じられなかった。
 だが今まさに拒絶されたのだ!
 どうして?
 その時、フランヴェルジュは気付いてしまった。自分が今、まさに道化に成り下がった事を。
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