エスメラルダ
 耳で揺れるそれはエスメラルダの気分をしゃんとさせた。
 ランカスター様はいつも仰っていた。
 泰然と構えろと。
 怯えてはならない。恐れてはならない。
 毅然として、顎をひいて、背筋を伸ばして、えくぼを刻んで。
 近衛兵達が未来の王弟妃とその友人をエスコートする。彼らは口にこそ出さない分別があったものの皆、驚いていた。
 エスメラルダといった、少女。
 先程まで萎れていたくせに頭をもたげて芳香を漂わせるように、まるで花のように。
 耳飾りが重い。
 エスメラルダはそう思ううちは自分の覚悟が足りないのだと必死で自分を叱咤した。
 そして庭園へ降りて、すっかりお茶の用意が整った大理石のテーブルを見て、何となく既視感を覚えた。
「貴女との最初のお茶も庭園で頂いたわね」
「そうだったわね。レーシアーナ。わたくし、あの時緊張のあまり足が震えていたのだわ」
「今は足が震えて?」
「いいえ、まさか!」
 エスメラルダは言い切った。
 近衛の一人が引いた椅子にレーシアーナが座る。そしてその左隣の椅子をエスメラルダの為に引く。
 主人の次に上席だった。
 流石のエスメラルダも心配になってきた。彼女は、レーシアーナの真正面の席に座るものだとばかり思っていたのだ。
「いいの? わたくしがこの席で」
 エスメラルダは暗に席を変えてくれるようにレーシアーナに言った。席次の問題は厄介だとエスメラルダはよく知っていたのだ。
 母の教育もありランカスターの訓育もある。
 十一、十二で両親の葬儀の参列者をどこに座らせるか、指示を出す事が出来るよう育てられていた。それ故に、気になるのである。
「いいのよ、これで」
 レーシアーナは笑った。
「だってね、わたくしの友達なのよ? わたくしの隣に座るのが当然だわ。それが気に食わないと仰る方にはわたくし、二度と招待状を書かなくってよ」
 友達だからこそまずいのだとエスメラルダは思う。上の者を立てる事をしなければ反発が凄い事も想像出来る。
 だが、エスメラルダはレーシアーナの隣の席に座った。
 レーシアーナは恐らく一歩も譲らないであろう。
 結局、二人は似たもの同士なのだがその事に気付いていない。譲る事が出来る事は何処までも譲るが、自分にとって犯されたくない領域を持っていて、それは命がけで守られているものだ。
 尤も、当の本人達はその事を自覚していないのだが。
「もうそろそろやってくる筈よ。敵が」
 エスメラルダは無意識に拳を握った。
 それを見て、レーシアーナは、その小さな拳に自分の手を乗せる。エスメラルダの拳を包み込むように。
「大丈夫。敵と言っても棍棒や槍や大剣や弓矢や魔法の杖を持ってくる訳ではないわ」
「恐れてはいないわ」
 エスメラルダは言った。だが、その後にすぐ打ち消しの言葉を連ねる。
「いいえ、嘘よ。恐れているわ。凄く凄く恐れているわ。わたくしが醜聞に塗れる事は構わないの。そんな事は一欠片も恐れていないの。でも、貴女に恥をかかせたらと思うと怖くてたまらないわ」
「可愛い人ね」
 レーシアーナは笑う。
 その時、鈴が盛大に鳴り響く音がした。
 客人来訪の合図だ。
 エスメラルダは思わず身体をすくませる。
 そんな親友の拳を包んでいた手を自由にしてレーシアーナはエスメラルダの隣に腰掛けた。
「最初のお客様のご登場よ、エスメラルダ」
 鈴の音と共に顕れたのは金髪に緑の瞳の淑女だった。
 レーシアーナもエスメラルダも立ち上がらない。茶会では本来の身分より招いた者の方が身分が高いとされる。
 エスメラルダはその淑女を見た途端に胸が高鳴るのを感じた。
 何だろう? 何だろう?
 ああ、こんな事なら、城内に放ってある間諜に今日のお茶会のお客様リストを書き写させるのだったわ。何故わたくしはそうしなかったのかしら? 浅はか過ぎるわ。愚か者の謗りを免れないわ。
「マイリーテ・ラスカ・ダムバーグです。本日は未来の妃殿下にお招き頂いた事、感謝の念に耐えません」
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