エスメラルダ
ダムバーグ!
それはエスメラルダにとっては忘れられない名前だった。
レーシアーナはマイリーテをエスメラルダの真正面に座らせた。
たった一度だけ聞いた母の昔語り。
母は心から自分の母を、エスメラルダの祖母を敬愛していた。
胸の鼓動を、ダムバーグ夫人マイリーテに聞かれていないか、エスメラルダは震えそうだった。
誰かここから連れ出して頂戴!
エスメラルダは叫び声をのみこむ。
また鈴の音がした。
誰かが入ってくるのだろうが、エスメラルダには誰がどうしようが関係なかった。
失敗を恐れる事さえなくなった。
ただ、マイリーテのほうを失礼にならない程度に見つめた。
綺麗に手入れが施された爪、ぴんと伸びた背筋、エスメラルダと同じ緑の瞳。
だが、この夫人は若々しく見えた。
血族であっても、お祖母様ではないかもしれない!
エスメラルダはそう思った。四十台にしか見えないマイリーテ。そうだ。お母様のお母様ならもっとお年を召してらっしゃる筈だ。
お茶の席が賑やかになる。
エスメラルダは深呼吸しながら周囲を見回した。
誰が誰だかさっぱり解らなかった。だが、まぁよいであろう。
「皆様」
全ての椅子が埋まってから初めて、レーシアーナは立ち上がった。
「この度はわたくしのお茶の時間にお付き合い下さるとの事、誠に有り難く存じます」
人々の視線を浴びて、しかし、レーシアーナは物怖じしなかった。
「皆様の貴重なお時間を頂いてのお茶会です。少しでも楽しんで頂けますよう努めます」
そう言うとレーシアーナは再び席に着いた。
給仕達がカップに熱いお茶を注ぎいれる。
その香りに、酔わない者が二人だけ居た。
エスメラルダとマイリーテである。
この小娘が、宮廷の白水仙、レイリエ様からランカスター公爵を取り上げた娘?
何処かで見た気がした。
忘れてはいけない、忘れたい記憶がマイリーテを苛む。
リンカーシェ。
娘が赤ん坊だけでもいいから見てやって下さいと門扉を叩くのを、マイリーテは無視した。夫の言葉に逆らえなかったのだ。
どれ程抱き締めたかったであろう。
悪いのは誑かした男ではないか。
リンカーシェにどれだけの罪があるというのだろう。ましてや赤子に!
だが、結局マイリーテは夫に従った。
名前だけでも聞いておきたかった。
赤子の名前はなんと言うのだろう。
だが、マイリーテはその事を話題に持ち込む事は出来なかった。家の恥である。
それに緊張ゆえに饒舌になったエスメラルダの所為でもある。
エスメラルダは、元から良い話し手の素質を持っていたが、ランカスターの教育が見事にその才能を開花させた。
彼女は万事控え目で決して目立たなかった。だが、彼女の言葉が鍵となって、話題の主役たる貴婦人は決まった。
それも誹謗中傷嫌味の対象ではなく、尊敬すべき隣人として人々の注目を集めていたのである。
そしてその注目は、一人の人間が独占する事は無かった。いつの間にかさっきまで斜め前の人間の事を喋っていたのに今は自分が話題にされていると言った風に話題はくるくると回った。
レーシアーナは内心舌を巻いていた。
この娘なら王妃にだってなれるわね。
そんな事を思いながらレーシアーナは専ら、ケーキやクッキーやサンドイッチ、お茶に気を配った。
レーシアーナが目上の者と喋るのに気後れしないのは、常にブランシールの側に居たからだが、エスメラルダにはきっと、天性の才能があったのだろうと彼女は思う。そしてこれはレーシアーナの美点なのだが、羨んだりすること無く心の中で賛辞した。
それにしても、エスメラルダがいてくれて助かった。一人でなくて良かった。
エスメラルダを呼ぶように言いつけたのはブランシールである。何故そんな命令を下されたのか解らないけれども、レーシアーナは従った。
あの方はこうなる事を見越してらしたのかしら? そう、レーシアーナは思う。
それはエスメラルダにとっては忘れられない名前だった。
レーシアーナはマイリーテをエスメラルダの真正面に座らせた。
たった一度だけ聞いた母の昔語り。
母は心から自分の母を、エスメラルダの祖母を敬愛していた。
胸の鼓動を、ダムバーグ夫人マイリーテに聞かれていないか、エスメラルダは震えそうだった。
誰かここから連れ出して頂戴!
エスメラルダは叫び声をのみこむ。
また鈴の音がした。
誰かが入ってくるのだろうが、エスメラルダには誰がどうしようが関係なかった。
失敗を恐れる事さえなくなった。
ただ、マイリーテのほうを失礼にならない程度に見つめた。
綺麗に手入れが施された爪、ぴんと伸びた背筋、エスメラルダと同じ緑の瞳。
だが、この夫人は若々しく見えた。
血族であっても、お祖母様ではないかもしれない!
エスメラルダはそう思った。四十台にしか見えないマイリーテ。そうだ。お母様のお母様ならもっとお年を召してらっしゃる筈だ。
お茶の席が賑やかになる。
エスメラルダは深呼吸しながら周囲を見回した。
誰が誰だかさっぱり解らなかった。だが、まぁよいであろう。
「皆様」
全ての椅子が埋まってから初めて、レーシアーナは立ち上がった。
「この度はわたくしのお茶の時間にお付き合い下さるとの事、誠に有り難く存じます」
人々の視線を浴びて、しかし、レーシアーナは物怖じしなかった。
「皆様の貴重なお時間を頂いてのお茶会です。少しでも楽しんで頂けますよう努めます」
そう言うとレーシアーナは再び席に着いた。
給仕達がカップに熱いお茶を注ぎいれる。
その香りに、酔わない者が二人だけ居た。
エスメラルダとマイリーテである。
この小娘が、宮廷の白水仙、レイリエ様からランカスター公爵を取り上げた娘?
何処かで見た気がした。
忘れてはいけない、忘れたい記憶がマイリーテを苛む。
リンカーシェ。
娘が赤ん坊だけでもいいから見てやって下さいと門扉を叩くのを、マイリーテは無視した。夫の言葉に逆らえなかったのだ。
どれ程抱き締めたかったであろう。
悪いのは誑かした男ではないか。
リンカーシェにどれだけの罪があるというのだろう。ましてや赤子に!
だが、結局マイリーテは夫に従った。
名前だけでも聞いておきたかった。
赤子の名前はなんと言うのだろう。
だが、マイリーテはその事を話題に持ち込む事は出来なかった。家の恥である。
それに緊張ゆえに饒舌になったエスメラルダの所為でもある。
エスメラルダは、元から良い話し手の素質を持っていたが、ランカスターの教育が見事にその才能を開花させた。
彼女は万事控え目で決して目立たなかった。だが、彼女の言葉が鍵となって、話題の主役たる貴婦人は決まった。
それも誹謗中傷嫌味の対象ではなく、尊敬すべき隣人として人々の注目を集めていたのである。
そしてその注目は、一人の人間が独占する事は無かった。いつの間にかさっきまで斜め前の人間の事を喋っていたのに今は自分が話題にされていると言った風に話題はくるくると回った。
レーシアーナは内心舌を巻いていた。
この娘なら王妃にだってなれるわね。
そんな事を思いながらレーシアーナは専ら、ケーキやクッキーやサンドイッチ、お茶に気を配った。
レーシアーナが目上の者と喋るのに気後れしないのは、常にブランシールの側に居たからだが、エスメラルダにはきっと、天性の才能があったのだろうと彼女は思う。そしてこれはレーシアーナの美点なのだが、羨んだりすること無く心の中で賛辞した。
それにしても、エスメラルダがいてくれて助かった。一人でなくて良かった。
エスメラルダを呼ぶように言いつけたのはブランシールである。何故そんな命令を下されたのか解らないけれども、レーシアーナは従った。
あの方はこうなる事を見越してらしたのかしら? そう、レーシアーナは思う。