エスメラルダ
「あの女の始末はどうつけるべきでしょうか、良いお知恵を拝借出来ぬものでしょうか? 母上」
フランヴェルジュが言った。
『真白塔』の中で、息子達を出迎えた母は困ったように笑う。
もう、どのようないざこざにも巻き込まれる事はないと思っていた。だから心穏やかに過ごしていたのだが、息子達の歳を思い出し、自分がこの塔に入ったのは間違いだったかも知れぬと思ったのである。フランヴェルジュは二十一で、ブランンシールは十九だ。
「酒に毒など盛るはずがない、自分もその酒を飲んでいたのだから、と。エスメラルダの自作自演だと、レイリエ叔母は言うのです」
ブランシールの言葉に、アユリカナが頷く。
それ位の危険は、あの女なら冒すであろうと思うのだ。だが、決め付けてはならない。
「葡萄酒からは毒の反応が出たのですね?」
「勿論です、母上。さもなくば、臣籍に下ったとはいえ叔母に当たる女性をこの塔の最上階に閉じ込めたりは致しません」
アユリカナは溜息をついた。
『真白塔』は身分あるものの幽閉場所でもあった。だから猿轡を噛まされ、全身を拘束された状態でレイリエが運び込まれた時に、アユリカナは来るべき時がきたと思ったのである。
王族の血を汲む娘であれば、辿り着く先は此処しかない。
「自白は、取れそうにないのですか? それならば、一生を此処で過ごすか、それとも、審判を受けて身の潔白を立てるか、選ばせるしかないでしょうね」
アユリカナは顔を伏せた。
「覚えていますか? 父上の最後の言葉を」
アユリカナの言葉に兄弟は顔を見合わせる。
「『気をつけろ。氷姫』と、仰ったのです」
アユリカナの言葉は淡々としていた。
アユリカナは知っている。
レンドルは毒を盛られたわけではない。自ら遅効性の毒をあおったのだ。それは、レンドルが意識朦朧としながら呟き続けた、アユリカナへの懺悔の言葉の中にあった。
だが、その事をアユリカナは息子達に言わなかった。言うつもりもなかった。この塔で朽ちて、レンドルの隣に横たえられる日が来るまでアユリカナは口をつぐんでいようと思う。
「『氷姫』とはレイリエの事です」
ごくり、と、兄弟は生唾を飲み込んだ。
「レイリエが宮廷の花として咲き誇っていた短い期間に何と呼ばれていたか。男達は『白水仙』、女達は『氷姫』と呼んだのです。女達のレイリエへの恨みは凄まじいものがありました。自分の男を取られて平気でいられる女は少ないでしょう?」
アユリカナの言葉に息子達は頷く。
恋をした事があるのなら理解できる感情だ。
「レンドルはいつもレイリエを『氷姫』と呼んでいました。歳の離れた妹を……ですが、レイリエは炎の気性の女です。大して賢くないところが扱いやすい所ではありますが、執念深い、煉獄の炎です。外見が氷でも、中身は炎です。赤い火より熱い青い炎。ですから、母はこのまま葬ってしまうのが一番の良策であると考えます」
「母上……」
フランヴェルジュは絶句した。
王族の血の流れを汲む娘に、何の申し開きをする場所も与えず葬り去れというのだろうか? それは果たして許されるのだろうか?
「幸いな事に、レイリエはまだ社交界に復帰していませんでした。アシュレの……ランカスター公爵の喪が明けていなかったので。だから今ならあの娘が消えても、誰も何とも思いますまい」
「それでは法は……!!」
思わず叫んだフランヴェルジュの隣で、ブランシールは深い思考の海へと落ちていった。
鐘がなる。
二十時の鐘だ。
「法は……王である以上、臣下の範となるべく、決して曲げてはならぬものです。破ることは許されません。ですから、わたくしはブランシールが適任であると思います」
ブランシールが顔を上げた。
「覚悟は出来ています。汚い仕事を兄上にさせるつもりは毛頭ございません。全て私が」
「もし潔白であっても、疑った我々を恨むでしょう。それに幽閉は難しいものです。レイリエはそこから出る為なら誰にでも平気で足を広げる娘です。それとも、凝った作り話をして同情を買うかもしれません。幽閉は確実ではないのです」
アユリカナは溜息をついた。まさか息子に人殺しをやれという日が来るとは思ってもいなかったのだ。
フランヴェルジュが言った。
『真白塔』の中で、息子達を出迎えた母は困ったように笑う。
もう、どのようないざこざにも巻き込まれる事はないと思っていた。だから心穏やかに過ごしていたのだが、息子達の歳を思い出し、自分がこの塔に入ったのは間違いだったかも知れぬと思ったのである。フランヴェルジュは二十一で、ブランンシールは十九だ。
「酒に毒など盛るはずがない、自分もその酒を飲んでいたのだから、と。エスメラルダの自作自演だと、レイリエ叔母は言うのです」
ブランシールの言葉に、アユリカナが頷く。
それ位の危険は、あの女なら冒すであろうと思うのだ。だが、決め付けてはならない。
「葡萄酒からは毒の反応が出たのですね?」
「勿論です、母上。さもなくば、臣籍に下ったとはいえ叔母に当たる女性をこの塔の最上階に閉じ込めたりは致しません」
アユリカナは溜息をついた。
『真白塔』は身分あるものの幽閉場所でもあった。だから猿轡を噛まされ、全身を拘束された状態でレイリエが運び込まれた時に、アユリカナは来るべき時がきたと思ったのである。
王族の血を汲む娘であれば、辿り着く先は此処しかない。
「自白は、取れそうにないのですか? それならば、一生を此処で過ごすか、それとも、審判を受けて身の潔白を立てるか、選ばせるしかないでしょうね」
アユリカナは顔を伏せた。
「覚えていますか? 父上の最後の言葉を」
アユリカナの言葉に兄弟は顔を見合わせる。
「『気をつけろ。氷姫』と、仰ったのです」
アユリカナの言葉は淡々としていた。
アユリカナは知っている。
レンドルは毒を盛られたわけではない。自ら遅効性の毒をあおったのだ。それは、レンドルが意識朦朧としながら呟き続けた、アユリカナへの懺悔の言葉の中にあった。
だが、その事をアユリカナは息子達に言わなかった。言うつもりもなかった。この塔で朽ちて、レンドルの隣に横たえられる日が来るまでアユリカナは口をつぐんでいようと思う。
「『氷姫』とはレイリエの事です」
ごくり、と、兄弟は生唾を飲み込んだ。
「レイリエが宮廷の花として咲き誇っていた短い期間に何と呼ばれていたか。男達は『白水仙』、女達は『氷姫』と呼んだのです。女達のレイリエへの恨みは凄まじいものがありました。自分の男を取られて平気でいられる女は少ないでしょう?」
アユリカナの言葉に息子達は頷く。
恋をした事があるのなら理解できる感情だ。
「レンドルはいつもレイリエを『氷姫』と呼んでいました。歳の離れた妹を……ですが、レイリエは炎の気性の女です。大して賢くないところが扱いやすい所ではありますが、執念深い、煉獄の炎です。外見が氷でも、中身は炎です。赤い火より熱い青い炎。ですから、母はこのまま葬ってしまうのが一番の良策であると考えます」
「母上……」
フランヴェルジュは絶句した。
王族の血の流れを汲む娘に、何の申し開きをする場所も与えず葬り去れというのだろうか? それは果たして許されるのだろうか?
「幸いな事に、レイリエはまだ社交界に復帰していませんでした。アシュレの……ランカスター公爵の喪が明けていなかったので。だから今ならあの娘が消えても、誰も何とも思いますまい」
「それでは法は……!!」
思わず叫んだフランヴェルジュの隣で、ブランシールは深い思考の海へと落ちていった。
鐘がなる。
二十時の鐘だ。
「法は……王である以上、臣下の範となるべく、決して曲げてはならぬものです。破ることは許されません。ですから、わたくしはブランシールが適任であると思います」
ブランシールが顔を上げた。
「覚悟は出来ています。汚い仕事を兄上にさせるつもりは毛頭ございません。全て私が」
「もし潔白であっても、疑った我々を恨むでしょう。それに幽閉は難しいものです。レイリエはそこから出る為なら誰にでも平気で足を広げる娘です。それとも、凝った作り話をして同情を買うかもしれません。幽閉は確実ではないのです」
アユリカナは溜息をついた。まさか息子に人殺しをやれという日が来るとは思ってもいなかったのだ。