エスメラルダ
 レーシアーナは言った。
「……毒のような真実を。たとえわたくしがその毒に負けて死んでしまっても構わないわ。わたくしは貴女を恨んだりしない。だから教えて。本当の事だけを。貴女の言葉から察するに、新たに間諜を送り込まなくとも、貴女は何かを掴んでいるのでしょう?」
「『花蜜水の煙管』」
 間髪おかず、エスメラルダはそう言った。
「それから『夜月の露煙管』ね?」
 レーシアーナのその言葉に、エスメラルダは頷く。
 やはり、と、レーシアーナは思った。
 それは近頃流行の水煙草である。ただの水煙草ではない。『花蜜水の煙管』は精神を恍惚とさせ、幸せな幻を見せる。
 対して『夜月の露煙管』は『花蜜水の煙管』を中和させる。意識を明瞭にし、現つに返し、体中の神経を落着ける。
「知っていたのね……」
「ええ」
 レーシアーナは頷いた。
「流石にわたくしの目の前で吸ったりなさらないわ。でもね、幾らミントの葉を噛んでも、少しは匂いが残るものだし……その、口づけの際によ? その際になのだけれどもね、甘い味と共に頭がくらくらする事があったの。それで見当をつけていたのだけれど、そうでなかったら良いなと思っていたのよ。でも」
「でも?」
 問い返すエスメラルダの言葉に、レーシアーナは笑ってみせた。
「真実は受け入れるわ。それから何とかして危険な水煙草をお止めになって頂かなくてはならないわ。あれは心臓に悪いのでしょう?」
「あなたが強い人で良かったわ。わたくし、貴女がお友達であるという事を誇りに思うわ。そうよ。あの対の水煙草は毒に等しいわ。わたくしの手のものに言わせると強い中毒性があって、最後は廃人になるのだそうよ、でも」
「でも?」
 今度はレーシアーナが問い返す番だった。
 エスメラルダは俯く。
「貴女に自分からこの話題を持ち出す勇気がなかったの。早くお止めしなければならないと解っているのによ? わたくしは罪だと感じるわ。わたくし、見殺しにしていたも同然じゃない。勿論、二人きりでなければ話せない話題だったわ。でも手紙に書くことも出来た筈だわ!」
 エスメラルダの叫びは血を吐くようだった。
 さっき、エスメラルダが苛ただしげな声を上げた時、本当に苛立っていたのは自分自身の煮え切らない態度であったと、今ならエスメラルダにもはっきりと解るのだが、あの時はその事からも目を逸らしていた。
 レーシアーナは強い。
 それなのにどうしてこんなにわたくしは弱いのかしら?
 エスメラルダは己が恥ずかしいと思う。
「ねぇ、エスメラルダ。いいのよ、苦しまなくって」
 レーシアーナはそう言ってエスメラルダの肩に腕を回した。
「知っていたけれども確信が抱けなくて、わたくしはただただ泣いていたわ。貴女が知っている事を教えてくれた事でこれからどうすべきか、冷静に考えられるわ。有難う。貴女は最高のお友達よ」
「わたくし、そんな風に言ってもらえる資格はないわ」
 ふるふると、エスメラルダはかぶりを振った。レーシアーナは肩に回していた腕を一旦離すと、エスメラルダの手を取って自分の腹の上に置いた。
 そしてレーシアーナは誇りに満ちた顔で笑む。
「貴女……まさか……」
「解ったのは昨日よ。でもまだ正式な発表はしないわ。安定期に入るまではね」
「赤ちゃん? そう? そうなのね、レーシアーナ!!」
「そうよ。まだブランシール様にもお伝えしていないの。医師に診てもらって解ったのだけれどもブランシール様は会議中だったし、アユリカナ様にだけお伝えしたの。貴女は二人目。赤ちゃんの為にも、ブランシール様には強くなって頂かないとね。禁断症状が強かろうが水煙草とは縁を切って頂かないとね」
 エスメラルダは眩しいものでも見るような目でレーシアーナを見詰めた。
「レーシアーナ……何だか凄くあなたが強く見えるわ。さっきまで泣いていた娘と一緒の娘だなんて思えないわ」
「母は強し、よ。そうそう、アユリカナ様が貴女にお会いしたいのですって。何時でも良いから『真白塔』の一階のお部屋に……ってアユリカナ様は仰っていたわ」
 エスメラルダは瞠目する。
「王太后様が?」
 そしてエスメラルダの人生の中でまた一枚、カーテンが開けられるように未来が広がる。
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