エスメラルダ
「まぁ、レーシアーナ! 貴女ってなんて良い娘なのかしら。わたくしが『会いたい』と言ったらすぐに連れてきてくれるのですもの。貴女がエスメラルダね。会いたかったわ」
「王太后陛下にはご機嫌麗しう……」
「やめて頂戴。エスメラルダ。大仰な礼は必要ありません」
 アユリカナはそう言うとにっこりと笑った。
 黒い喪服を着て、真珠を髪に絡ませ、喉元にも見事な真球の真珠を飾った未亡人。その顔はうっすらと化粧で彩られている。だが、先王の代と違いあくまで薄化粧、嗜み程度の化粧にしか過ぎない。
「アシュレは貴女の事ばかり話していたわ。その貴女にどれ程会いたかったか。貴女が婚姻前だというので国葬の場に一般参列者としてしか出る事が叶わないと聞いた時、わたくし、腹が立って仕方がなかったわ」
 どくんと、エスメラルダの心臓が鳴った。
 エスメラルダの苦しみ。
 ランカスターの葬儀の事は今でも胸につっかえている事だった。
「こちらにいらっしゃい、エスメラルダ、レーシアーナ」
 アユリカナは二人の少女が言葉を挟む隙を与えず、先にたって歩いた。
 出たのは塔の中心部の円庭だった。
「『真白塔』は変わった建てられ方をしているのですね」
 エスメラルダが正直な感想を洩らすとアユリカナは笑う。塔はドーナツのように真ん中に丸く穴が開いているのだ。
 そこの庭には季節の木々や花が溢れんばかりに咲き誇っていた。
 アユリカナはそこの大きな天蓋つきのテーブルセットに少女達を誘う。二人が席に着くと冷たい飲み物が運ばれてきた。
「変わっているでしょう?」
 アユリカナは説明する。
 『真白の塔』は王族の寡婦の墓場だと噂されているが、真実、幽閉同然の生活をするわけではないのだと。
 流石に人々の目に見えるところでくつろいでいる姿を見られるのは外聞が悪いと、庭は塔にくるりと囲まれるように出来ているがその庭の美しさは見事なものである。
 水の音が聞こえると思ったら庭の隅を小川が縦断していた。
「楽しく暮らしているわ。愛しい人達を思って、それに、時にはこんな可愛いお客様を招いたりして、ね」
 くすくすとアユリカナは笑う。
 エスメラルダは一気にこの女性に興味を抱いた。
 アユリカナの笑顔に嫌味なところは何一つなかった。自然で優しい笑みだった。
 茨の王冠、剣先の玉座。
 そこに座していた女性はまるで少女。
 だが、決して愚かではないのが解る。聡明な瞳はしっかりと見開かれていた。今見ているものを何一つ見逃さぬというように。
 卑しさは、微塵もなかった。驕りは、欠片程もなかった。
「あの」
 アユリカナの瞳に見つめられている事に耐え切れず、エスメラルダは口を開いた。
「わたくしをお呼びになられたのは……」
「一つは、アシュレの妻を見たかったから」
 アユリカナは一言で言いきった。
「華燭の典を挙げてなかろうが、枕を交わしてなかろうが、貴女はアシュレ・ルーン・ランカスターの妻である筈です。違いますか?」
 エスメラルダは静かに首を二度、上下に振った。
「わたくしは、ランカスター様の、アシュレ様の妻です」
 レーシアーナは言葉も出せずに王太后と親友を見詰める。
 二人の間では空気が張り詰めていた。
 殺気とも違う。
 強い強い思いが交差しているのだ。その心が織物を織り上げる糸のように、縦に横に、張り巡らされる。
 アユリカナが優しく笑った。その時、エスメラルダは気付く。
「国葬の際、雨に濡れていたわたくしを馬車に乗せるよう部下に命じられたのは、貴女様ですね? 王太后様」
「そんな事もありましたわね、エスメラルダ。さて、二つ目です。わたくし、お願いがあって今日、貴女を呼んだのです」
 アユリカナの顔から微笑が消える。
「レーシアーナを守る為、王宮に入ってくれませんか? レーシアーナの友として相応しい待遇を用意します。御願いします」
「王太后様……」
「狂気に陥ったブランシールからこの娘を守れるのは、恐らく貴女だけです」
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