エスメラルダ
「そして陛下と」
 エスメラルダは言った。
 アユリカナは知っているのだ。ブランシールの秘密を。母たる彼女の顔に光が差した。
「……レーシアーナは貴女が賢い女性だといっていましたが。まだ十六という歳でも、解りますか。年で侮っていてはいけませんね」
 アユリカナは一人、納得する。
 エスメラルダは微笑んだ。王太后様は今、自分の、このエスメラルダと言う人間の奥の奥まで見詰めようとしていらっしゃるのだ。
「……やはり、貴女には王宮に入って頂かなければなりませんね。この頭で良いのなら幾らでも下げましょう。どうかお願いします。エスメラルダ」
 立ち上がって頭を下げたアユリカナに、エスメラルダもレーシアーナも慌てて立ち上がった。
「勿体のうございます。王太后様、お顔を上げてくださいまし」
 エスメラルダはその白い手でアユリカナの手を包んだ。
 アユリカナの手は小さかった。子供のように小さな手だった。だけれども、エスメラルダの手を握り返してくるその手には力を感じた。
 この手で、アユリカナは三人の子供達を、夫を、メルローアを守ってきたのだ。
「亡き人の義姉上様、親友の未来のお母上様、そしてメルローアの国母たるお方のお言葉に逆らう事など出来ましょうか? 否にございます。王太后様。しかも、その内容は親友の為のもの。王太后様の未来の娘の為のもの。承りましょう。何の役目も持たずただ朽ち果てていくだけの寡婦の……寡婦のような身のわたくしに新たに役目仰せ使わされ有難き幸せにございます」
「エスメラルダ……」
 アユリカナがぐっと手に力を込めた。
「エスメ……」
 レーシアーナの呼びかける声は埋もれて行く。涙の中に。嗚咽の中に。
 自分のみを真実、ここまで思いやられて嬉しくない筈があろうか?
 ああ、大好きなアユリカナ様。
 ああ、大好きなエスメラルダ。
「エスメラルダ。一つだけ。わたくしの出来る事でという条件付ですが願いを叶えてあげましょう。何か願い事はありますか?」
「今はありません、王太后様」
 エスメラルダは即答した。
 アユリカナはさほど驚いた様子も見せずに言う。
「今なければ、出来た時にでもわたくしにお言いなさい。叶えましょう。わたくしの出来る範囲で」
「有難うございます、王太后様」
 エスメラルダの返事に、アユリカナはすっとエスメラルダの掌の中から手を出し、指先をちっちっと振った。
「アユリカナと呼びなさい。王太后はわたくしの役目、位であってわたくし自身ではありません。わたくしはね、二つの事がとても嬉しいのよ。貴女が素直に役目を受け入れてくれた事が一つ。もう一つはアシュレの妻が立派な女性だと感じた事。アシュレは城に来る度に貴女の自慢をしていたわ。
『一国の女王とするにも相応しい教養を与えた。美しさ、気品は元から備わっていた。だが、あの娘は他の誰でもない、自分のものになるのだ』
ですって。あの子は何にも執着しなかったわ。でも貴女だけは違った。アシュレの心を捕まえて離さない。レンドルともよく話していたものよ。でもアシュレったら臆病なの。あなたが他の男に取られるのが怖くて結婚してしまうまでは決して王都には踏み入れさせないだなんていうのですもの」
 くつくつとアユリカナが笑い、エスメラルダは目を丸くした。
 そんな恥ずかしい事をランカスター様は仰っていたのかしら?
 身に過ぎた言葉だとエスメラルダは思う。
 本当に、ランカスター様ったら!
「いつ、王宮に入れますか? 部屋はレーシアーナの隣の部屋を与えます。貴女が入城出来る日に合わせて準備させましょう」
「お心遣い有難うございます。わたくしはすぐに準備を整える事が出来まする。アユリカナ様の良いと思われた日に」
「では、一週間で準備を整えて下さい」
「解りました。アユリカナ様」
 泣きながら、レーシアーナは二人のやり取りを聞いていた。涙が止まらないのは何故だろう?
「まぁ、レーシアーナ、そんなに泣いてはなりませぬ。お腹の子に悪影響ですよ。貴女は母となるのですから」
 アユリカナの言葉に、レーシアーナは涙を拭いながら頷いた。
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