エスメラルダ
緑麗館は閉める事無く置いておく事にした。
アユリカナは館の一つくらい何ともなく運営させることが出来るだけの報酬を約束してくれたし、準備金だといって更に金をくれた。
蒼氷館は閉じる事にした。売ってしまうのも他の誰かに貸すのも嫌だった。
この館の外見を見ていると胸苦しい気持ちに襲われたので、外見を完璧に変えるよう建て替えて国の施設とするよう、アユリカナに話はつけた。アユリカナは快く了承してくれた。
慌しく王城に旅立つ準備をしていると、エスメラルダの許に金色の組紐でくくられた漆塗りの書状箱が届いた。
中には、少女達の洋裁学校の詳細が書かれていた。規模、教師の数、受け入れられる人員、経営費用、費用の捻出先、その他、事細かく几帳面にしたためてあったのは国王フランヴェルジュである。
蒼氷館は、少女達が手に職を就けるための洋裁学校となるのだ。しかもその外貌はアリア・リュペナ式であった。二百年前にはやった上品で慎ましやかな、最近またそろそろと話題に持ち出されている様式。慎ましやかといってもそう見えるだけであって決して金がかかっていない訳ではないのだが。
その事業……一種の公共事業であるがそれらは入札によって決めるようだ。
その入札も基準が厳しく設定されていた。下請けの者達までがちゃんと報酬を受け取れるように。
「フランヴェルジュ様が作られた計画書かしら、これは。それとも、アユリカナ様が?」
書状を読みながら一人、エスメラルダは呟く。
アリア・リュペナ式なら蒼氷館の面影は残らないであろう。良かった。本当にそう思う。
わたくしは、行くのね。王城に。
自分の居場所ではないと強く感じた。
だけれども、親友の為だ。
そして、彼女が孕む子供の為でもある。
「カスラ、出ておいで」
エスメラルダは呟くように命じた。
するり、何処からともなく出てくる人影。
エスメラルダはベッドの上で座っていたが、カスラと呼ばれた人物は寝室の扉も開けず、窓も明けず、どこからか現れたのだ。
影の中の影と呼ばれる者達の長であるカスラにはそれは至極当たり前の事であった。
カスラは黒装束に身を包んだ細身の女性であった。美人である。だが、年齢不詳であり、そして不思議と印象に残らない顔であった。
「ねぇ、カスラ、城のほうは動きがあった?」
「いいえ」
カスラは少し低めの掠れた声で短く答えた。
「私は反対です。ランカスター様の掌中の珠があのような魔窟になど」
「魔窟ではないわ。レーシアーナも居るし、アユリカナ様もいるわ」
「つまらぬ者達です」
「口を慎みなさい」
エスメラルダの言葉に、カスラは黙った。
黙って居ろといったならば三日でも四日でも黙っていられるのがカスラであった。結局、沈黙に耐えかねて言葉を紡いでしまうのはいつもエスメラルダなのだ。
「カスラ、わたくし、やっていけると思う?」
「勿論でございます。エスメラルダ様」
カスラは即答した。
「貴女様ならば汚泥の中でも咲き誇れましょう」
「わたくし、社交界でときめきたいのではないわよ?」
「解っております。もしあなた様が望まれたならばの話です。それに、レーシアーナ様の友として王城に入場するのであればレーシアーナ様が出席なさる全てのパーティーに出席なさらなくてはならない事は貴女様の方が良くご存知の筈」
「そうね、そうだったわね」
そしてふと思いついた。
マイリーテとも対決しなくてはならないのだ。自分の祖母とも。
だけれども、それは後で考えよう。それよりも取り敢えずはとエスメラルダはカスラに問うてみる。
「ブランシール様は?」
「相変わらず、水煙草に溺れる日々です」
「そう」
仕方ないのか? どうしようもないのか?
それも後で考えよう。
「マーグが泣いているの、カスラ」
「そのようでございますね」
カスラは淡々と応える。
「此処に残らねばならぬ者は多かれ少なかれ涙を流しております。カスラはお側を離れませぬ。ランカスター様より命じられた通り、我が命果てるまでお側に」
エスメラルダは溜息をついた。
アユリカナは館の一つくらい何ともなく運営させることが出来るだけの報酬を約束してくれたし、準備金だといって更に金をくれた。
蒼氷館は閉じる事にした。売ってしまうのも他の誰かに貸すのも嫌だった。
この館の外見を見ていると胸苦しい気持ちに襲われたので、外見を完璧に変えるよう建て替えて国の施設とするよう、アユリカナに話はつけた。アユリカナは快く了承してくれた。
慌しく王城に旅立つ準備をしていると、エスメラルダの許に金色の組紐でくくられた漆塗りの書状箱が届いた。
中には、少女達の洋裁学校の詳細が書かれていた。規模、教師の数、受け入れられる人員、経営費用、費用の捻出先、その他、事細かく几帳面にしたためてあったのは国王フランヴェルジュである。
蒼氷館は、少女達が手に職を就けるための洋裁学校となるのだ。しかもその外貌はアリア・リュペナ式であった。二百年前にはやった上品で慎ましやかな、最近またそろそろと話題に持ち出されている様式。慎ましやかといってもそう見えるだけであって決して金がかかっていない訳ではないのだが。
その事業……一種の公共事業であるがそれらは入札によって決めるようだ。
その入札も基準が厳しく設定されていた。下請けの者達までがちゃんと報酬を受け取れるように。
「フランヴェルジュ様が作られた計画書かしら、これは。それとも、アユリカナ様が?」
書状を読みながら一人、エスメラルダは呟く。
アリア・リュペナ式なら蒼氷館の面影は残らないであろう。良かった。本当にそう思う。
わたくしは、行くのね。王城に。
自分の居場所ではないと強く感じた。
だけれども、親友の為だ。
そして、彼女が孕む子供の為でもある。
「カスラ、出ておいで」
エスメラルダは呟くように命じた。
するり、何処からともなく出てくる人影。
エスメラルダはベッドの上で座っていたが、カスラと呼ばれた人物は寝室の扉も開けず、窓も明けず、どこからか現れたのだ。
影の中の影と呼ばれる者達の長であるカスラにはそれは至極当たり前の事であった。
カスラは黒装束に身を包んだ細身の女性であった。美人である。だが、年齢不詳であり、そして不思議と印象に残らない顔であった。
「ねぇ、カスラ、城のほうは動きがあった?」
「いいえ」
カスラは少し低めの掠れた声で短く答えた。
「私は反対です。ランカスター様の掌中の珠があのような魔窟になど」
「魔窟ではないわ。レーシアーナも居るし、アユリカナ様もいるわ」
「つまらぬ者達です」
「口を慎みなさい」
エスメラルダの言葉に、カスラは黙った。
黙って居ろといったならば三日でも四日でも黙っていられるのがカスラであった。結局、沈黙に耐えかねて言葉を紡いでしまうのはいつもエスメラルダなのだ。
「カスラ、わたくし、やっていけると思う?」
「勿論でございます。エスメラルダ様」
カスラは即答した。
「貴女様ならば汚泥の中でも咲き誇れましょう」
「わたくし、社交界でときめきたいのではないわよ?」
「解っております。もしあなた様が望まれたならばの話です。それに、レーシアーナ様の友として王城に入場するのであればレーシアーナ様が出席なさる全てのパーティーに出席なさらなくてはならない事は貴女様の方が良くご存知の筈」
「そうね、そうだったわね」
そしてふと思いついた。
マイリーテとも対決しなくてはならないのだ。自分の祖母とも。
だけれども、それは後で考えよう。それよりも取り敢えずはとエスメラルダはカスラに問うてみる。
「ブランシール様は?」
「相変わらず、水煙草に溺れる日々です」
「そう」
仕方ないのか? どうしようもないのか?
それも後で考えよう。
「マーグが泣いているの、カスラ」
「そのようでございますね」
カスラは淡々と応える。
「此処に残らねばならぬ者は多かれ少なかれ涙を流しております。カスラはお側を離れませぬ。ランカスター様より命じられた通り、我が命果てるまでお側に」
エスメラルダは溜息をついた。