エスメラルダ
 エスメラルダは不思議に思う。
 何故フランヴェルジュは自分が何を訊きたいか理解してくれているのだろう。何故?
 まるで心が繋がっているみたいだわ。
 思って不思議な気がする。
 フランヴェルジュはエスメラルダが好きだという。
 だが、それはどういう『好き』なのだろう?
 それを問いただせば己の『好き』もどういう種類か解らない。
 レーシアーナは初めての友達。
 大切でかかけがえのないもの。
 アユリカナは敬愛すべき人。
 暖かくて、強い人。
 ブランシールは心疼かせる男。
 かつて誰よりも身近に居た人の面影を宿すが故にエスメラルダの心に爪を立てる存在。
 では、フランヴェルジュは?
 好き。それは間違いない。
 だけれどもどういった『好き』なのか。
 お側に侍るとどきどきするわ。心臓が五月蝿く鳴り響いて、息も苦しい。
 それなのに側に居たいという矛盾。
 ただ一緒に居たいの。
 声が聞ける場所にいたい。
 お顔が見られる距離にいたいわ。
 でも声を聞いて顔を見て、自分はそれからどうしたいのだ?
 エスメラルダには解らない。解らないのに相手の気持ちを知りたがる事は卑怯な事ではないかと思ってしまう。
 だから訊かない。訊けない。
「面白くなかったか。そうだな。女性とはどのような会話を喜ぶものなのだ? 俺にはさっぱり解らん。優しくすれば良いというものでもないようだしな」
「面白うございましたわ、フランヴェルジュ様」
 エスメラルダは慌てた。
 緑の瞳が蝋燭の明かりを反射する。
 最高級のエメラルド。
「わたくしは普通の淑女の教育を十二歳までしか受けておりませぬ。普通の淑女が好む話題は、わたくしには解らぬ事。なれど、先程のお話は大変興味深うございました。始祖王様はお優しい顔をなさっているのですね」
「う……む。十二歳までしかというのはどういう意味なんだ?」
 フランヴェルジュがそう問うた時、二人は丁度『ぬばたまの牢』の前に着いた。
「わたくしは、両親の死後、ランカスター様の絵のモデルとして育てられたのです。流行にも疎く、貴婦人が嗜む物もよく知りませぬ」
「そうか。すまなかった。お前にとっては辛い話であっただろうな。さっさとこやつを番人に引き渡し、戻るか。開門!」
 フランヴェルジュの声は朗々と響いた。
 扉が音も立てずに開く。念入りに油が注してあるのだろう。それだけでもこの『ぬばたまの牢』が普通の牢と違う事がよく解る。
 番人が顔を出し、深々と礼をとった。
 フランヴェルジュはそれを当然の事と受け止めるが、エスメラルダはどうして良いか困ってしまう。だが、礼を返す暇もなく、フランヴェルジュは横抱きにしていたブランシールを番人に引き渡した。
「先触れのものから話があったであろうが」
 フランヴェルジュはそう言うとブランシールを見やった。
 薬の禁断症状で抱いているときから震えが止まらなかった可愛い弟。
 だけれども、下手な情けは却って弟に仇となろう。
「生かしてくれ。冷酷で良い。情けなどいらぬ。薬を抜いて、元のブランシールに戻すのがそなたの務めぞ」
 フランヴェルジュの言葉に、番人はブランシールを抱いたまま、頭だけ下げた。
 頼んだぞ、と、いう言葉をフランヴェルジュは飲み込んだ。
 彼は王である。王であるが故に命令は許されても懇願は許されない。
 本当は膝を屈し、番人に頼みたかったけれども。
 その時、不意にエスメラルダが口を開いた。
「宜しくお願い致します。その方はわたくしの大事な人の大切な存在なのです」
 エスメラルダはレーシアーナの事を思って言ったのだった。
 だが、フランヴェルジュの顔が赤く染まる。
 エスメラルダの『大事な人』の『大切な存在』。うっかり間違えてしまったフランヴェルジュに何の罪があろうか。
 番人は今度は深く深く頭を垂れた。
「行くぞ。母上がお待ちかねだ」
「はい、フランヴェルジュ様」
 くるりとフランヴェルジュは踵を返した。
 二人は振り返らない。胸が痛くて。痛くて。
 まるで救いを求めるように、いつの間にか二人は手を握り合っていた。
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