エスメラルダ
「はい」
 懐かしい人の面影を思い少女は笑む。
 この日、アユリカナの訪いによって、エスメラルダは自己嫌悪の波から逃れる事が出来た。
 だが、アユリカナが運んできた話はそれだけではなかった。
 エスメラルダにとって辛い決断を下さねばならない話もあったのである。
 二人は酒を楽しみながら他愛もない話に興じていた。
 アユリカナが持参したのはモンモンレイシー。最高級のワインである。
 エスメラルダは味わうようにその酒を口に含む。この味はランカスターを思い起こさせた。エリファスでは手に入らないこの酒を、ランカスターは宮廷に伺候する度に大量に仕入れてきたからである。
「アシュレは本当にお酒の好きな男だったわね、エスメラルダ」
「はい、アシュレ様は、いつも酒蔵が一杯でないとご機嫌がわるくなられました」
「酒癖は悪くないのですけれどもね。わたくしとレンドルと三人で飲むでしょう? わたくし達二人が必ず潰れてしまって、翌日は二日酔いに泣いたものだわ」
「まぁ」
 エスメラルダは目を見開く。
 フランヴェルジュにアユリカナの酒の強さを聞かされていた為であろうか。それとも自分が二日酔いなど経験した事がなく、潰れるのがランカスターであった為であろうか。とにかくエスメラルダには不思議な気がしたのだ。
 そんな風に戸惑うエスメラルダに、アユリカナは微笑を誘われる。だが、同時に胸に杭が打たれたかのごとき痛みも感ずる。
 自分が素面では聞けなかったこと、言えなったことを口にする為、夜中に押しかけた。
 二人きりになれる機会が次何いつ訪れるか解らないのだ。話すなら今夜しかない。
「ねぇ。エスメラルダ」
 思ったより酔えず少々苛々しながらアユリカナは問う。苛立ちは顔には出さない。
 だけれども、エスメラルダはレイピアの切っ先を喉許に当てられた気がした。
「はい、アユリカナ様」
 答えた声が震えなかった事で、エスメラルダは自分を誉めてやりたくなった。
 だが次の質問は……!!
「単刀直入に聞くわ。貴女とアシュレは、寝たの?」
 エスメラルダの頬が真っ赤に染まる。
「わっわ、わたくし達は、同じ……ベッドに眠っておりました」
「そうではないわ。男女の事が有ったのかどうか訊いてるの」
「有りません! わたくし達が華燭の典を挙げなかったのはアユリカナ様もご存知の通り……!!」
「でも、レーシアーナは妊娠したわ」
 そう言うと、アユリカナは唇だけで微笑む。
「わたくし達は潔白です!」
 エスメラルダは叫ぶようにそう言うと、ゴブレットの中身を喉の奥へ流し込んだ。
「それが聞けて良かったわ。わたくしが今一番知りたいことだったから。貴女がレイリエの撒いた毒とは違う生き方をしてくれていて良かった」
「あれはランカスター様への冒涜です!」
 アユリカナの言葉に、エスメラルダは憤慨する。ああ、もしアユリカナ様がレイリエが生きているとお知りになったら……!!
「フランヴェルジュが貴女に求婚したとわたくしに告げたわ」
「あ、アユリカナ様……」
 エスメラルダは一気に小さくなってしまう。
 フランヴェルジュ様! 何故一言の相談もなしに……!!
「時間薬でどうにかなるかとわたくしは思っていたの。貴女の醜聞についてよ」
 エスメラルダは背筋に冷水を浴びせられた気分になった。
「それは……それは……」
 では無理なのだろうか?
 エスメラルダはフランヴェルジュの隣に並べぬのか?
「まだ充分に貴女の美質は宮廷に受け入れられていない。一方、フランヴェルジュは結婚を急がねばならない。解りますね?」
 それはレーシアーナが身籠っているからだ。ブランシールの血を引く和子がいるからだ。
「わたくし……わたくし……」
「泣かないで、エスメラルダ。わたくしは貴女こそを娘と呼びたいと思っています。だけれども王妃に醜聞がついてまわるのはさけなくてはならないの。だから、わたくし、わたくしの口からは言いたくなかったけれどもわたくし以外の誰にもいえなくて」
「何ですの!? どうしたら良いのです!?」
 アユリカナは、溜息と共に囁いた。
「『審判』を受けて頂戴……」
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