エスメラルダ
「純白だわ」
「アイスブルーの方がレーシアーナ様の瞳が引き立ちます」
「純白よ」
「あたくしはプロのデザイナーとして申しているのでございます」
「わたくしは純白以外は認めません。ただしアクセントとしてリボンや縁取り、それは認めましょう」
 レーシアーナはおろおろと二人を見やった。
 『純白』と言い張っているのがエスメラルダ。
 『アイスブルー』と譲らないのがデザイナーのフォビアナだった。
 レーシアーナは自分の事だが、妊娠して以来どうも性格が丸くなってしまったらしく、言い争いが苦手になってしまったのである。
 何か言わなくてはと思うのだ。思うのだが。
「……よござんす。ドレスは純白に致します。最上級の絹に致しましょう。ただし銀糸とアイスブルーの糸で刺繍を施す事に致します」
 珍しくフォビアナが折れたかと思ったら、条件付である。この話し合いに決着はつくのかとレーシアーナは疑問に思った。
 ブランシールは書斎で仕事をしている。
 自分が水煙草に溺れていた間の国政についてを頭に叩き込んでいる最中である。
 元々花嫁衣裳は婚姻の朝、部屋に迎えに来るまでは相手の男には見せないのが慣例となっていた。
 エスメラルダの場合は絵に描いた時に美しいよう、エスメラルダを引き立てるよう、ランカスターが注文に注文を重ねて作ったものであったがそれは滅多にない話であった。
 そして流石のランカスターも悪いと思ったのであろう。披露宴のドレスはエスメラルダに選ばせてくれた。
 その二枚のドレスはもうない。
 ランカスターと共に灰になった。
 とりはからったのはレイリエだという事だが、何故レイリエが故人の棺の中にそれを入れたのかエスメラルダは聞き出せなかった。
 だが、もう居ない人間との婚礼衣装より大切なのが目前の婚礼である。
 エスメラルダは少し譲ってみる事にした。
「刺繍ね。どんな刺繍を入れるの?」
「アイスブルーの糸で花を挿します。そして銀糸で朝露を」
「ありきたりね」
「な……!」
 エスメラルダの服飾レベルはランカスターによって非常に高くまで引き上げられていった。
 絶句したフォビアナは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていたが、ついには頭の中で堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
「でっでは!! 貴女様ならどうなさるというのですか!!」
「真珠を髪に巻いて上げさせるわ。額には小粒真珠を三連に巻くの。ティアラも真珠で。それから温室の白薔薇を耳の上にさして。そして真珠の首飾り。アユリカナ様にお借りするの。快くお貸しいただける筈よ。あの胸元一面を覆う雲の巣のような真珠の首飾り。あなたも知らない訳ではないでしょう? 袖は三段のパフスリーブにしてリボンを、フォビアナ、貴女の好きなアイスブルーにするわ。それからドレスはハイウエストにしてサッシュ部分にも真珠をあしらうわ。そこから薄紗を何枚も重ねて。おなかを目立たなくするように。純白のレースを一番上に重ねるの。フォビアナ、貴女の好きな刺繍は全ての紗に使って頂戴。透けて見えるのは勿論の事、紗が揺れた時に覗くようにして欲しいの。それから銀糸は茎と葉に使って朝露は真珠を縫い付けて。それから……」
「参りましたわ」
 フォビアナが降参のポーズをとった。
「敗因は?」
 にやりとエスメラルダが笑う。フォビアナは苦いものでも噛み潰したかのような顔。
「自分のドレスに拘った事でござんしょ。エスメラルダ様はあくまでレーシアーナ様が美しく見えるように衣装を考えていらした。一寸有名になったからと、あたくし天狗になっていたんですわ」
 フォビアナの良い点は素直なところである。
 レーシアーナはほっとした。と、同時にぞっとした。
 わたくしがそんなに沢山の真珠を身に着けるですって!?
 真珠、それも真球の物は恐ろしく値段が高い。それをふんだんに使えば使うほど格を見せ付ける事に繋がる。だがしかし。
 悲しい程庶民的なレーシアーナには今のエスメラルダとフォビアナの会話が自分の婚礼衣装の話だとちゃんと認識できないのであった。
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