魔王に甘いくちづけを【完】
―――くそっ・・・このままでは俺も、もたんな。

歌を止めるには、機嫌を損ねるしかないと聞く。

さて、どうやって乙女を怒らせようか。



様々なアイデアと伝え聞いた対処法が頭の中を駆け巡る。

短い時間の中、いろいろ考えた末、ごく単純だが、一気に気を引く言葉を投げかけることに決めた。

これで駄目なら、次を考えよう。

それまで気がもてばいいが―――



「おいっ、唄の乙女!お前、その変な歌を辞めろ!耳障りだ!」



瑠璃の泉に響く野太い声。

綺麗な声と旋律で満たされていた空気の中、それは異質に響く。

唄の乙女の耳にも、男の声は酷く醜く届いた。


急に割り込んで入ったそれに驚いて、がばっと男を見た白銀の瞳。

みるみるうちに美しい顔が歪んでいく。


柔らかな曲線を描く裸体を、長い髪がふわりと隠した。


歌はピタリとやみ、ぐわっと開けた口から大きな牙が二つ見える。

怒りをあらわに向けられたそれから、金属を擦り合わせたような耳障りな音が発せられた。



物理的な攻撃の術を持たない、唄の乙女の唯一の精一杯。


耳の良くきく男にとって、これは堪らない。

塞いでも容赦なく届く音に、堪らずにその場に膝をついた。


それを見た乙女は、満足げに不敵な笑みを浮かべ、ふーと消えていった。



―――やれやれ・・・なんとか巣に帰ってもらえたな。

まだ嫌な音が耳に残っている。

美しい姿に可憐な甘い歌声。

あの妙な副作用さえなければ、家に招待して、是非歌を聞かせて貰いたいものだが―――



瑠璃の泉から戻る道すがら、薬草の入った籠を抱えたまま倒れているフレアを見つけた。

幸せそうに眠る美しい顔。

ユリアに食事を運んだ優しい手。

男の手が優しく抱き起こし、髪をそっと撫でる。



「フレア、お前も眠らされたか。この分だと相当な数がやられたようだ・・・なにせ、被害は森中だ・・・」



フレアを抱きかかえて家路を急ぐ途中、あちこちで眠りこむ姿が目につく。

男は深い溜息を一つ吐いた。


これでは、ベッドが足りんな・・・だが、お前だけは―――
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