魔王に甘いくちづけを【完】
楽しげな顔付きのバルが、今まさにバケツの水をザキに浴びせようとしている頃のこと。

家の中では少し前に目覚めたリリィが彷徨っていた。

ドアというドアを片っ端から開けて歩いている。


キッチン、書斎、寝室・・・。

いままで開けたドアの中では求める者はおらず、この家の使用人たちが作業途中そのままに眠ってしまったのか、ある者はペンを持ったまま、またある者は皿を持ったまま、それぞれが変な場所変な態勢で眠りこけていた。



「ここの人たち、変なの・・・。みんなおかしな格好で寝てるわ・・・」


呟きつつ不思議な思いで眺め、また違うドアに向かう。

求めるのはユリアの姿。

あの時ラヴルに託されたユリアの身の安全。


リリィがカルティスと一緒に屋敷に来た時には、ラヴルは金髪の男性とその仲間らしき者数名と結界の境で対峙していた。




「リリィ、嫌な予感がする。ユリアを頼む。私が行きたいが、ここを離れられない」


そう言われ、急いで走り込んだ屋敷の中のユリアの部屋。

ドアを開けて名を呼びながら見廻しても、手をつけられていない食事がそこにあるだけで、ユリアの姿は何処にも無かった。


「もう!何処に行ったの?」叫び焦りつつ、甘い残り香を追いかけると階段の上の方に向かったことが分かり、急いでかけ上った。

走り続け息も荒いリリィの瞳に、重そうにドアを開けて外に出ていくユリアの姿が映った。

何かに操られているのか、ふらふらと柵の向こうに行こうとしている。



あっちには何もないのに。

一体何処に行こうとしてるの?



そう思いながらドアの外を見たリリィは、息を飲んだ。

華奢な体の向こうに見えたのは、巨大な掌。

あんな大きな掌を出せるなんて、そんな魔力を持った人物は、リリィには一人しか思い浮かばない。

叫びながら必死で手を伸ばし細い腕を捕まえ、捕まえようと動くそれから、なんとか逃れるのに必死だった。



“兎に角どこでもいいわ!あの手の届かない所へ!”



―――と、あの時、自分の中にあるありったけの力を出して飛んだ。

そしたら、こんな見知らぬところに来ちゃった。

おじい様ならもっと上手く飛んだんだろうなぁ・・・。

こんな大変なこと。私には、きっともう二度と同じことは出来ないわ。

おかげで随分長い時間寝ていたみたいだし。

感覚的にも随分遠くに来た気がする。

地面に落ちていくユリアさんの体を、柔らかな草の上に誘導するのが精いっぱいで、気遣ってあげることもろくに出来なかった。


・・・もしかしたら、もう・・・・


最悪の事態がリリィの頭を掠める。
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