魔王に甘いくちづけを【完】
ここの家の人かしら。

リリィの耳が微かな物音を拾う。

三人くらいの足音と笑い声、それに不機嫌そうな声が聞こえてくる。

それがどんどんこの部屋のドアに近付いてきてるようだった。

リリィの心に警戒心が湧く。


もしも悪い人たちだったらどうしよう・・・。

世の中には珍しい魔物を攫って売買をする組織があるって、おじい様に聞いたことがある。

知らない人には気をつけなさいって常日頃から言われていた。

もし、そんな悪い人たちだったら・・・。

―――大変。ユリアさんを連れて逃げなくちゃ―――



ドアの向こうから、野太い声と少し低めの落ち着いた声が聞こえてくる。

早くしないと―――



『・・・怪我人がいるのか』

『はい、先日この先で倒れているのを発見しまして・・・ここです』


リリィの背後でドアが開かれる。

リリィの姿に心底驚いたのか、二人が息を飲んで固まっている様子が伝わってくる。

それに構うことなく、リリィはありったけの力を出していた。

まだあどけなさの残る、少女と言ってもいいくらいの体つきのリリィ。

相手は小柄とはいえ大人の女性。

しかも怪我を気遣いながら抱えるのは至極大変なことだった。

なかなかうまくいかない。



でも、なんとか抱えて運ばないと。

ここから出ないと。

帰らないと―――


リリィは必死な思いでユリアを抱えようとしていた。




「おいっ、何をしてるんだ!やめろ!」


焦りの色を含んだ野太い声が部屋の中に響く。

素早くリリィの傍に駆け寄ったバルが、抱えようと差し入れている細い腕をしっかり掴み、静かな声を出してたしなめた。



「何処に連れて行く気だ。彼女は怪我をしてるんだぞ?やめた方がいい」



掴まれた腕を振りほどこうと懸命なリリィ。

が、大人の男には到底かなうはずもない。



「いや、離して下さい!怪我をしてることは、ちゃんと分かっています。でも、あなたたちは知らない人たちだし、信用できないもの」


「待ってくれ。森で倒れていたお前たちを運んで、手当てしたのは他でもない俺だぞ。特に彼女の怪我は、放っておけば命が無くなるほどの重傷だった。悪い奴がそんな面倒なことするか?信用してくれよ」


それを聞いたリリィは動きを止め、ジークをじっと見つめた。



確かにそうかもしれない。だけど・・・・。


「ラヴル様が待ってるんだもの。ルミナに・・・屋敷に・・早く・・早く、帰らないと―――――」
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