魔王に甘いくちづけを【完】
食事をするたびに、頭の中に出てくるこの方。


“全部、食べて下さい!”


きっぱりと言うナーダの声。


・・・分かってるわ、全部食べるから。

そんな顔しないで・・・。


心の中で謝って、ぷるぷると頭を振る。

睨みつける迫力のある顔を追い出して、ちらっとアリの方へ眼を向けた。



―――本当に、食べなくても平気なのかしら・・・。

顔色は変わってない、相変わらずな無表情。

随分自信たっぷりだったけれど、絶対に、お腹が空いて力が出ない、なんてことにならないのよね?――――



―――――・・・あのとき、運ばれてきた食事が一人分しかなくて。


「この方の分は?」


給仕さんに聞いたら、とても困った顔をして首をひねった。


「・・・受け賜わっておりませんが―――」


給仕さんは、壁際に立つアリとワゴン、何度も交互に見て焦った声を出した。


「聞いて参ります」

急いで出ていこうとする体を低い声が止めた。


「待ちなさい。その必要はありません。私は要りません。そうコックに申し渡してあります。ないのは当然です」

「でも、貴方は、ランチも食べていないのでしょう。それだと、いざという時力が出ないわ。少しの間なら平気よ。だから―――」


スープだけでも、とすすめたら。

こちらを向いた冷淡な瞳が、ぎらっと光った。


「必要ありません、と申し上げてるのです。ひ弱な貴女様とは違い、私は鍛えております。こういうことには慣れておりますので貴女様はお気になさらず食事を済ませて下さい」


そう早口で言って、もう話しかけないでくれ、とばかりにふいっと顔を逸らしてしまった―――――・・・





それからずっと俯いて瞳を閉じている。

あんな風にしてるなら、食べていても変わらないように思う。

それに、なにより一番の危険人物なのだし、私に近付かないでくれればあとは何をしてようと構わないのに。

食べてくれてた方が私は落ち着くんだけど、それは分かってくれないわね、きっと。

自覚、してないのかしら?


じーっと見ていると、俯いたまま話しかけてきた。



「・・・不安ですか。もう、油断致しません。ですが、目を開けてろと仰るのであれば、そう致しますが」

「いいわ。そのままで」


それ以上存在感を強くされたら堪らないもの。

ため息を零して、もう一度天蓋に目を向ける。


―――本当に可愛い。

この子がお部屋に入ってくれて良かったわ。


なんとか心を和ませて、ディナーを空にするべく、先ずは分厚い肉の塊にフォークを刺した。
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