魔王に甘いくちづけを【完】
―――もぉっ。こうなったら。

服とか貸してくれたみんな、ごめんねっ。

後で絶対取りに戻るからっ―――



“アイツは、ロゥヴェルでも珍しい、吸血族との混血なんすよ。いざとなったら、空へ逃げりゃいいんすけど。俺は、あんまりそうして欲しくないんす。大きいままならいいけど、小さくなると――――”



噴水の水音に混じって、美しい囀ずりと小さな羽音がぱたぱたと響く。

真っ赤なヒインコが月に向かって飛んでいく。

ベンチの上には黄緑色の服と一本の赤い羽根、服の上と地面に散らばるアクセサリー。

それと、呆然としたディーンの姿だけが残った。












ユリアの瞳に、月明かりに煌めく宝石のような碧い屋根が映る。

室長の言ってた通り、最高の景色が目の前に広がっていた。

ずっと空を眺めていると、向こうから何かが飛んでくるのが見える。

それはぱたぱたと飛び回ったあと、屋根の上に下りて小さな体を休めた。



「・・・綺麗な子」



―――また、鳥さんが来たわ。

今度は、美しい紅色の子。

何ていう名前なのかしら。

室長がいれば、教えてくれるけど―――



「あれは、ヒインコです」

「そう、ヒインコっていうの・・・綺麗ね」



自然に答えた後でドッキリした。

ガラス窓にアリの姿が大きく映っている。

驚いて振り返ると、既に壁際の定位置に戻っていた。

まるで神出鬼没で、全く油断出来ない。

この方と、ずっと夜を過ごすのかしら。

まさか、そんなの嫌だわ。



天蓋の上に目を向けると、開いたガラス玉の瞳がきらきらと光っていた。

いつもならばそろそろベッドに入る時間。

だけど、今日は―――



「―――そろそろ、眠ろうと思うのですが」

「それは結構なことです。私がお守りしております。どうぞ、ご安心してお眠り下さい」



全く動く気配がない。

そこにいて着替えることも出来ないのに、安心なんてするわけないじゃない。


「あの、」



―――コンコン・・・



ぴくっと、アリの体と白フクロウの体が同時に反応した。

大きなものと小さな白いもの。二つの頭がほぼ同時に動き、鋭く光った瞳がドアを見つめる。


ノック音がしただけで、後の反応がないドア。

こんな遅くに誰が来たのか。

それに、ボブさんは何故開けないのかしら。


前に、似たようなことがあったっけ。

あの時は、変な手紙が差し入れられてたわ。

今回は、番人さんがいるのに・・・。


ドアの下を見る、けど、何もなくてホッとする。



「貴女様は、そこから動かないで下さい」



手で制されて、素直にこくりと頷く。

アリが壁づたいに移動して、ドアの横に張り付いた。

片手でノブをまわしてゆっくり開いていく。

すると、いつもそこにあるはずの背中がなく、ノックをしたはずの人影も見えない。



冷静だったアリの顔に緊張の色が表れる。

大きな耳をピクピク動かしてドアの向こうを凝視している。



「・・・見て参ります」


そう囁くように言って、部屋の外に滑らせたアリの体が突然大きく震えあがり、呻き声をあげてその場に崩れ落ちた。


・・何故・・・貴女がそれを・・・と、苦しげに呟いてるのが聞こえてくる。
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