魔王に甘いくちづけを【完】
―――何が、起こったの?

ツンとした刺激臭が漂ってくる。

コレは、まさか―――



「戴いたのです」



倒れたアリの体を乗り越えて部屋に入り込んで来たその人物は、ゆっくりこちらを向いた。


「ユリア様、ここに居ては危険で御座います。この方は、アリ様ではなく、全くの偽者で御座います。さ、こちらへ」

「え・・・?マリーヌ講師、どうして貴女がここに?偽者って、そんな―――」

「お静かに。後で、説明致します。取りあえず、ここから早く抜け出さねばなりません」



何か、様子がおかしい。

いつものマリーヌ講師と違う気がする。

どこが―――?



「―――パーティは、もう終わったのですか?」

「えぇ。さ、こちらへ」


手を取られて引張られる。

満月の影響なのか、それとも狼族の特徴なのか、女の方なのにとても力が強い。



「アリは、どうして倒れたの?しかも、偽物って・・・本当に?」

「えぇ。さ、こちらへ」



何を尋ねても同じような言葉を繰り返す。

アリの体を避けて通る時、微かに声が聞こえた。



「い・・けない・・逃げ・・・ろ・・」



まるで絞り出すような。

振り返って見ると、動かない体を必死で起こそうとしてるようだった。


前を行くマリーヌ講師の背中を見つめる。

誰を信じればいいのか分からない。

このままついて行ってもいいものか。

たくさんのハテナマークを頭の中に浮かべ、手を引かれるままに廊下を進み階段を下りていく。


不思議なことに、使用人にも、衛兵にも、誰にも会わない。

城宮の夜ってこんなに誰も居ないものなのだろうか。

やっぱりおかしい。

引かれる手を振り解こうと試みるけどやっぱり無理で。



「あの、何処に行くのですか?」


マリーヌ講師は黙ってるけど、このまま行くと、多分外に出てしまう。

グイグイと手を引かれ、案の定外に出る。


ずんずん歩いていくのについて行くのが精一杯で、息も切れて、思考も纏まらなくなってきた。

やがて辿り着いた建物の影で、二人を待っていたのは―――



「御苦労様でした。マリーヌさん、貴女はもう結構です。このことは、忘れなさい。また、お会いしましょう」

「は・・い・・・」


マリーヌ講師の額に手を翳したのを見て、ハッと気付いた。

―――眼鏡がずれたままなんだわ―――


紅く染まった瞳が青に変わっていく。

この方は、何処かで見たことがある。

金髪の方・・・確かラヴルが・・・



「・・・ケルヴェス」

「よく、覚えておいでだ」


「どうして、貴方がここにいるのですか」


「セラヴィ様の使いです。一緒に来ていただきます」



ケルヴェスの体が沈み込み、膝裏に腕が差し込まれて、あっと思った時には抱き抱えられていた。


セラヴィ・・・その名前は、確かあの青年のもの。


とくん・・と胸が脈打つ。
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