魔王に甘いくちづけを【完】
―――――あまりにも幼く、淡い恋心。

芽生えたものに気付くまで、随分な時を費やした。

少女の頃の私が待っていたのは、あの優しい男の子。

あれは、あのときあの場所で約束してたから・・・。


今、彼はどうしてる?

今も私を待っててくれてる?

それとも、もう、やっぱりこの世には――――――・・・




遠い記憶から目覚めれば、カーテンの隙間から朝日が漏れていた。

もうすぐリリィの元気な声が聞こえてくる頃。



―――心から信じられる人。

大切にしてくれる人にだけ、真名を告げる―――


それが何故なのかはまだ思い出せないけれど、おばば様の言うことは守らないといけない。

それは、今も。

幼い私は、あの男に子に名前を告げたはず。

けれど・・・幼い心の中に浮かびあがったのは、いくつもの名前。

そのうちのどれをあの子に告げたのだろう。

ここまでの記憶の中で、お父様も、エリスも、おばば様までも、誰もはっきりと名前を呼んでくれていない。

どれが、本当の私の名前なのか・・・。

考えれば考えるほどに、頭の中がもやもやとする。


気休めにてのひらを額に当ててみる。

けれど、ちっとも状況は変わらなくて苦笑する。


・・・やっぱり、人のぬくもりでないとあまり効果はないのね・・・


初めてラヴルに会った時のことを思い出す。

苦しむ私に、こうしてくれたっけ。

いつも強引だけれど、優しいところもたくさんある。

今頃、何をしてるかしら―――





「ユーリーアーさんっ。おはよっ」



元気な声が静寂を破る。

ぱたん、とドアが閉まる音と一緒に、リリィの声と足音が部屋の中に響く。

とほぼ同時に、白フクロウさんの鳴き声と羽ばたきの音が天蓋の上から降ってくる。

最近の一日は、こんな音から始まる。

周りが一気に賑やかになり、独りきりじゃないことを実感させてくれる幸せな瞬間。



「今日もいい天気だよ。キラキラ太陽が輝いてるよっ。ユリアさん、起きてっ」



毛布越しにぽんぽんと体を叩きながら出されてる声は、普段よりも一段と高くて大きい。

どうやら朝からとても機嫌がいいみたい。

楽しみなことがあるのかしら。



「起きてるわ。おはようリリィ。貴女は今日も元気ね?」



貴女のおかげで毎朝気分が高揚出来る。

他人を元気にさせることが出来るって、すばらしいことだわ。

体を起こしながらリリィを見れば、いつもの見習い服ではなく綺麗な萌黄色のワンピースを着ていた。



―――あぁ、そうだっけ・・・今日、リリィたちは。
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