恋のレシピの作り方
「一条さん、本当は自分の料理がしたいんでしょう?」

「え……」

 あまりにも唐突な奈央の言葉に、一条が瞠目する。奈央はその小さく微量に揺らいだ一条の瞳の奥に戸惑いの色を見た。

「テレビに出てる一条さんは、私の知ってる一条さんじゃない……雑誌に出てる一条さんだって……お願いです、自分をこれ以上偽らないで」

「何の話だ……?」

 何度も掴もうとして掴みそこねた一条の腕、けれど今、奈央は真っ直ぐに直視することで一条を捕らえることができた。

(ここで一条さんを手放したら……きっと後悔する)

「一条さんって厳しいけど、全てのことに一生懸命なの、私知ってます。テレビや雑誌に出てる一条さんより、厨房で仕事してる一条さんのほうが、生き生きしてて私は好きです」

 ―――だから自分らしさを取り戻して欲しい。

 一条は表情ひとつ崩さず、奈央を見据えていた。戸惑いの色が窺えたその瞳が徐々に真摯なものに変わって光を取り戻そうとしているのがわかった。


「一条さん、私がこの歳で転職までして、どうしてアルページュに来たか知ってますか?」

 奈央はアルページュに就職希望をだした時のこと、面接の時のこと、そして初めて一条にあった時のことに思いを巡らすと、あまりにもたくさんのことを経験しすぎて、既に遠い過去のことのように思えた。



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