スイートなメモリー
「ほんとにごめん」
このごめんは、笠置にむかっての謝罪なのだろうか、それとも学人さんに向かってなのだろうか。私にはもうそれはわからない。
階段を降りながら振り返ったら、笠置はもういなかった。
もういちど、ごめんと口の中でつぶやく。
学人さんにこれから会って、私はどうするんだろう。
笠置と学人さんを比べて、これからどうするつもりなんだろう。
学人さんは、私を呼んでこれからどうするつもりなんだろう。
改札口でICカードを出すのに失敗し、読み取りにも何度か失敗し、自分が慌てていることに気がつく。まごついている間に電車を一本見送ってしまう。
早く会いたいから急いでいるのだろうか。
それとも、早くなにかの結論を出さなくてはと思っているから焦っているのだろうか。
学人さんとこれから会って、なにか変わるだろうか。
それともなにも変わらないだろうか。
笠置に会ったことを、私は学人さんに言うだろうか。
電車の座席に座ってから、私は学人さんに行くとも行かないとも返事をしていないことに気がついた。
メールをもう一度見て、どこに行けばいいのか確認する。
書かれていたのは、駅から少し離れた住所とビルの名前。
行けばいいのは、そのビルの四○四号室。
お店だろうか、それとも誰かの家? わからない。きっとお店だろう。
「今向かってます。待っててください」
返信して、六本木に向かう。
なにが待っているかなんて、想像もしていなかった。
ただ、学人さんに会わなくてはと、それだけ考えていた。
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