スイートなメモリー
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ただ終わりへ向かう

雪花さんは、黒いエナメルのボンデージスーツとニーハイブーツに着替えて、乗馬鞭を片手に独り掛けのソファに座って、向かい側のソファに深く腰掛けた学人さんをじっと見つめている。
学人さんは、両手に携帯を握りしめて、じっと待っている。
彼女が来るのを。
私は、雪花さんと学人さんを隔てるローテーブルの上にふたりの飲み物を置く。アイスティーとジントニック。

学人さんが私の胸で泣いている間に、雪花さんはしばらく天井から吊り下げたカラビナを一本鞭で打っていたのだけれど、それを止めてバックルームに消えて行った。
怒って帰ってしまうのかと思っていたら、出て来た時には最近では滅多に着なくなったボンデージスーツに着替えていた。
見た目の女王らしさばかりを求められることを嫌がって、「らしい」格好をしなくなっていた雪花さんがそんな格好をしたのには、訳があるのだろうと思った。
私も、雪花さんも、黙っていた。
学人さんは、私と学人さんの傍らに立っている雪花さんに気づかずに泣いていた。
学人さんが泣き止んで私から離れたとき、雪花さんは学人さんの顎を乗馬鞭で上に向かせて、実に女王らしい顔をした。
「学人少年。あなたの奴隷、ここへ呼びなさい」
有無を言わせぬ、凛々しい表情だった。
やはり雪花さんは美しいと思った。
学人さんは、雪花さんの姿と言葉に迷いを見せた。
雪花さん、いや雪花女王は容赦なかった。
「呼べないのなら帰るのね。そして私の前にも美咲の前にも二度と現れないで」
学人さんは、ほんの少しだけ迷うような素振りを見せてから、なにも言わずに携帯でメールを打ち始める。
送信ボタンを押してからしばらくして、バックライトが消えた。学人さんが困ったような顔で笑ってカウンターの中の私を見た。
「前から思ってたけど、俺は雪花女王の奴隷みたいだよな」
私はなにも答えられなかった。
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