スイートなメモリー
なんであんな朝早くから駅にいたくせに、会社には遅れてくるのよ!
しかも私はあんなみっともないところ見られて恥ずかしいのに、どうして遅刻してきた三枝君があんなへらへらしてるのかしら!
もう信じられない!
遅刻してきた三枝君についねちねちと文句を言ってしまう。
昨日の稟議書が再提出されていないことも持ち出して、やる気がない、自己管理が出来ていないと叱り続けた。
叱られている当の本人は、怒られているのもどこ吹く風で、人の話を聞いているのかどうかもわからない。どうしてこんなひょうひょうとしてるのかなあ。
「わかったの?」
じっと三枝君を見る。
あんがい整った顔をしている。
もっと髪をきちんと整えたりすればいいのに、三枝君の髪は長めに伸ばしたまま。
「俺の顔、なんかついてます?」
「そうじゃなくて。私の話、ちゃんと聞いてた?」
私、どうして三枝君の顔なんかじっと見てしまったんだろう……。
「もういい。午前中の間に稟議書はちゃんと出してね」
 三枝君を仕事に戻らせて、自分も仕事に戻る。
書類立てから書類を引き出そうとして、机の上に朝食べ損ねたサンドイッチがあるのを思い出す。
ぐう。
軽くおなかが鳴る。
あまり料理は得意ではないので、毎朝早起きして少し早めに家を出て、コーヒーショップで朝食を取って思う存分コーヒーとタバコを楽しんでから出勤する。
遅刻するのが怖いので早めに出るというのもあるが。
会社の喫煙所は非常階段にあるのでどうにも落ち着かない。
高いところは好きじゃない。
だったらタバコをやめたらいいのだけれど、これまたどうにもやめられない。
なので、朝のコーヒーショップでの時間は仕事前の私の楽しみだ。
今朝は、その楽しみを三枝学人に邪魔された。
別に三枝君が邪魔したわけではない。
レジに並んでいる間にぼんやりして小銭をばらまいてしまったら、たまたまそれを三枝君が見ていて、落ちた小銭を拾ってくれたのだ。
なのに、私は恥ずかしくてついそのまま店を出て行こうとした。
そうしたら、それを引き止めて声をかけてくれたのに。
気をつかって一緒に食べましょうって言ってくれたのだろうに、私ったらどうしたらいいかわからなくて、途中で出て来てしまった。
きっと三枝君は訳がわからなかっただろうなあ。
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