スイートなメモリー
どうして?
それだけが私の頭の中を占めていた。

提出された書類にゼムクリップで留められたメモ。
汚い字で名前と携帯のメールアドレスが書かれたそのメモを、私はスーツのポケットに入れて持ち帰り、自宅についてからずっとそれを眺めて「どうして?」という言葉をぐるぐると繰り返している。
いやほんとに。
どうして?

三枝君には驚かされることばかりだ。
喫煙所にいるとは思わなかったし、まさかあんな失敗ばかり見られるとは思わないし、落とした靴をあんなスマートに拾ってくれるなんて思う訳が無い。
ライターも、拾って来てくれたんだ。
落としたライターと一緒に、三枝君のアドレスが書かれたメモも私の手元へ届けられていた。
靴まで転がしたのが恥ずかしくて、ライターを見捨てて逃げてしまった。
三枝君はあのあと下まで拾いに行ってくれたのか。
しかもそれを他の人にはわからないように、書類と一緒に届けてくれた。
意外な優しさを見せつけられて困惑する。
困惑は、それだけじゃない。

メールアドレス。これ、どうしたらいいんだ。
三枝君はどういうつもりなのか。
どうして? どうして私なんか?
素直に考えて、興味を持たれていると思って間違いないのだろう。
けれど、そんなの素直になんて受け入れられない。
どうして二十二歳の外見だって悪くない今時の若者っぽい三枝君が、三十歳でぱっとしない私なんかに興味を持つ?
しかも普段はしっかりしてるように一生懸命取り繕っているのに、フタをあけたらつまらない失敗ばかりしている私に。
そんなところも見られているのに。
三枝君なら、もっと若くて可愛らしい彼女を作れるはずなのに。
どうして普段怒ってばかりいる私なんかに興味を持つ?
どうして?
 
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