スイートなメモリー
私これメール送った方がいいのか?
それともなにも見ていないことにして、すっかり無視してしまえばいいのか?
三枝君のことを思えば、無視した方がいいのかもしれない。
それがお互いに仕事にも支障も出なくて、時間の無駄にもならなくて、いいのだと思う。
だけど、どうして私は迷う?
どうして私は、三枝君のアドレスを自分の携帯に登録してる?
迷っているのは、メールを送るかどうかだけ。
送ったら、どうなるのだろう。
三枝君は、私になにを言うつもりなのだろう。
言われたことに対して、私はどう反応したらいいのだろう。

この前の朝のコーヒーショップ、今日の会社の非常階段。
半月ほどで出来た三枝君とのあれこれを思い返してみる。
三枝君はどんな女が好みなんだろう。
どうして私に興味を持ってくれたんだろう。
三枝君は、どんなお酒が好きなんだろう。
三枝君の好きな食べ物はなんだろう。
どうして私は、こんなに三枝君のことが気になるんだろう。

八つも年下の新入社員が、私に釣り合うわけなどないのに。
八つも年上のお局上司が、あの子に釣り合うわけなどないのに。
三枝君が私に興味を持ち始めてくれているのはわかってる。
それを拒絶できないで迷っている私がいる。
いくつかわかりやすいアクションを起こしてくれているのに、私は近寄られるたびに逃げ出して、さらに怒ったフリまでしてる。
携帯のフリップを開いて、メールボタンを押す。新規作成の宛先に三枝学人を選択する。
消去ボタンを押す。
夕食を終えて、ソファに寝転がってテレビを見ながら、ずっとこんなことを繰り返してる。わかってる。
私は、自信がないのだ。
三枝君の若さと行動力を受け止める自信がない。
怒ったフリをしてみせて、お願いだから近寄るなと警戒してる。
自信がない。ただそれだけよ。嫌われたくない。
仕事の出来るしっかりした女のフリをしているけれど、本当はなんにも取り柄も面白みも無い、うっかりもののバカな女だというのがバレるのが怖い。
美人じゃないしスタイルだって良くはない、色気もないしおしゃれじゃないし、若い男が相手にしてくれる訳が無い。
最初は興味を持ってくれても、色々知ったらつまらないと思ってしまうかもしれない。
つまらないと思われるのはイヤだ。だったら最初から近寄らないでいてほしい。
だけどどうして。
どうして私はそんなに自信がなくて嫌われるのが怖くて、つまらないと思われるのがイヤなんだろう。
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