スイートなメモリー
前崎係長が目を細めてにっこり笑った。
良かった。これ以上怒られないですむか。
「あんたバカでしょう」

えええ? 仮払いの申請のことじゃないの?
なにがなんだか分からずぽかんとしている俺の目の前に、前崎係長はさっき机に投げ捨てた稟議書をつきつけた。
稟議書には、前崎係長による赤ペン修正が至る所に入っている。
あらー。やっぱり二日酔いでぼんやりした頭で書類作っちゃいけないよねえ。
「何度同じことを言われたらわかるのかしらねえ。学習能力低すぎるんじゃないの。ああでも、仮払いの用紙をつけ忘れたことは気がついたのね。ちょっとは学習能力あがってるのかしら。じゃあ書き直しよろしくね」
「すみませんでした」
さすがに自分が悪いので、反論する気にもなれない。

今週に入って前崎係長に叱られたのは何度目だろう。
一日三回として、まだ水曜日なのにもう九回目か。
もしかしたらもっと多いかもしれない。
自分のアホさ加減にがっかりして席に座り直そうとしたところで、前崎係長が俺に向けてさらに言葉のナイフを投げる。
「三枝君。あなたはやる気がないの、それとも私の教え方が悪いのかしら?」
「いえそんな。やる気がないわけでも、前崎係長が悪いわけでもありません。俺の注意不足です」
「わかっているなら……しっかりしてちょうだい」
どうしてなにか一言付け加えないと気が済まないんだこの女……。
前崎係長は、颯爽と自分の席へと戻る。
俺はしょんぼりと自分の席へ座り直す。
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