スイートなメモリー
受けた電話に同僚の不在を告げ、相手の名前を机の上に置いてあった紙に書きなぐる。
なぜ俺は字がこんなに汚いのだろうとうんざりしつつ、同僚が戻って来たら折り返す旨を伝えて受話器を置いた。
あまりにも汚いので別な紙に書き直し、最初に書いたメモを捨てようと手の中で丸めた時に気がついた。

それはメモ用に切った裏紙ではなく、仮払いの申請用紙だった。
何故俺は仮払いの用紙にメモを? そもそもなぜここに仮払いの用紙が?
仮払いの用紙は稟議書と一緒に提出のはず。
稟議書は?
……さっき係長の未処理ボックスに。

稟議書を提出した時、係長は離席していた。まだ間に合うか?
俺は顔を上げて向かい側にある机の島に目を向けた。
ジーザス。戻って来てやがる。
そして俺が目を向けたそのとき、係長の手が未処理ボックスへ伸ばされた。
ジーザス。せめて一番上が俺の稟議書ではありませんように。
俺が固唾をのんでじっと係長の動向を見守ること数秒。
「三枝君」
マザーファッカー! また叱られる!
俺は係長に笑顔を向ける。
「なんですか? 前崎係長」

まるきりすっぴんなのではないかと思われるくらいに化粧気のない前崎係長が、黒ぶちセルフレームのメガネを直しながら俺に問う。
「三枝君の履歴書に書いてあった長所って覚えてる?」
長所。俺の長所。
履歴書にはなんて書いたんだっけ? そんな随分前のこと覚えてるわけじゃないか。
前崎係長は、俺の提出した稟議書を手にして、こちらの島まで向かって来た。俺も慌てて立ち上がる。
前崎係長が、俺の机に稟議書を投げるように置く。
「あんたの履歴書には「一度注意されたことで同じ失敗を繰り返さない」って書いてあったのよ。まったくの嘘じゃないの!」
あー、そんなことも書いたかもしれないなあ。係長も細かいなあ。
俺はさっき丸めた仮払いの申請用紙を広げて前崎係長に見せる。
「すみません係長。この通りなので書き直してすぐ添付します」
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