スイートなメモリー
仕事に対してやる気があるかと言われたら、それほどないのが正直なところだ。
文章を書く仕事がしたかったけれど、雑誌編集みたいに忙しい仕事がイヤで、入ったところは化粧品メーカーの広告部。
別に化粧品に興味があるわけでもなく、デザインに興味がある訳でもない。だらだらと通信販売のカタログ編集やwebサイト用のテキスト執筆を繰りかえす日々。

入社半年経っても小さなミスの減らない俺に、前崎係長が業を煮やしているのもわかってる。
とはいえ前崎係長だって細かすぎるし、小さなことで怒り過ぎだと思う。

もっと笑えばいいのに。
前崎係長って仕事以外になんか趣味とかないのかな。
三十歳独身、肩書きは係長。仕事のできるキャリアウーマン。地味で堅実で浮いた噂の一つもなくて、部下の失敗は厳しく追及し、ついたあだ名が。
「係女王様ねえ」
隣の席の同僚が戻って来て、俺の独り言を聞きつけた。

「なに。お前また係女王様に怒られたの」
「んー。稟議書書くの失敗したー」
同僚が、机の上の稟議書を手に取る。
「三枝、こないだ同じ案件の稟議書書いてたよな」
「そうだっけ?」
そりゃあ係長も怒るわ、と同僚が笑った。

「そういえば、お前に電話あったよ」
俺は、一度丸めて広げた仮払いの申請用紙を同僚に手渡す。
同僚はそれを眺めてまた笑った。
「本当にお前字が汚いよなあ」
「わかってるから言わないで。傷ついちゃう。あとその紙持って行かないで。稟議書に付け忘れた仮払いだから」
「お前なあ、てか、こんな読めないメモいらないよ」
わかってる。同僚よりも仕事の覚えが悪いのも、仕事に対してそれほど熱心じゃないのも自覚してる。
前崎係長がそれに対していらだってるのもわかってる。
だけどねえ。いちいち怒られるのもしんどいのよね。
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