スイートなメモリー
三枝君が怒っているのはわかってる。
せっかく誘ってくれたのに、私がはかばかしい反応を見せないものだから、興をそがれてしまったのだろう。

わからないではない。
だけど私は不安。このまま三枝君のペースに乗せられてしまって、なしくずしで一夜を共にしてしまうことに不安を感じてしまった。
触れられた手がいやだったわけじゃない。むしろ嬉しかった。
けれど、なぜか私は本能的に恐怖も感じてしまった。
三枝君が私に興味を持ってくれたのは嬉しいけれど、色々知られて、知られた上で後悔されるのがイヤだった。
だったら、最初から何も無い方がいい。

前崎係長と食事に行ったけれど、なんとなくメンツをつぶされたような気になったからなにもせずに帰った。
その方が、まだ言い訳がたつような気がしていた。
気を悪くしたのはわかってる。
あんまり「私なんか」って繰り返すのは、裏を読んだら「あなたなんか年下すぎるから私とは釣り合わない」って言ってるのと同じだってことくらい、私にだってわかる。
だから、私はここでタクシーに乗って帰るべきだ。三枝君も「家どこですか」って聞いてきたからそのまま私を帰すつもりでいる。
すぐに帰るべきなのに、私は何となく二の足を踏んでいる。まだ「帰らないで」って言われるのを待っている。
バカみたい。泣きそうだった。
また泣いているのを見られるのはイヤだったから、三枝君の顔も見ないで黙ってタクシーに乗り込む。
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