スイートなメモリー
アイスコーヒーをストローでかき混ぜているその指先が薄いピンク色に染められているのに気がついた。
「普段、ネイル塗ってた?」
ストローが止まる。
芹香さんが、自分の指先を見てから俺の顔を不思議そうに見つめた。
「良く気がついたわね。新商品のサンプルを塗ってみたの。薄い色だから気がつかないかと思った」
「色が白いから良く似合うよ」
「ありがとうございます。嘘でも嬉しいわ」
「嘘じゃないって」
「だっていつも調子のいいことばかり言うんだもの」
「俺はいつも正直だよ。いつでもね」
コーヒーをかき混ぜているストローを乱暴に上下させる音がした。
芹香さんを盗み見たら頬を赤く染めていたので嬉しくなった。
恵比寿では誰に会うかわからないので、最近は渋谷で待ち合わせるようにしている。
今日は俺が先に仕事を終えていたので、宇田川町の喫茶店で芹香さんが来るのを待っていた。
渋谷なら、ふたりとも帰りやすいしホテルにも行きやすい。
どちらかの家に行くというのも考えたのだけれど、芹香さんは高円寺、俺は祐天寺と距離的に少々微妙。
さらに芹香さんが「家に行くにはまだ早いと思う」と言うので、俺はまだ芹香さんの住まいを見たことがないし、俺の部屋に芹香さんが足を踏み入れたことも無い。
焦ることは無い。だってまだ二ヶ月だ。
この二ヶ月で、俺は芹香さんを何度泣かせたかわからない。
未だもってして理解しきれていないのだが、芹香さんの不安は自分が年上であるということに帰来したプライドの問題であるらしい。
何度かじっくり話をしてみたものの、どうにもはっきり言葉にはしてくれず、彼女の反応や表情、俺の言葉に対してのリアクションなどを事細かに覚えておき、それを後日四○四で雪花さんや美咲に相談することで、俺は芹香さんが考えているであろうことを想像するしかできなかった。
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