渇望の鬼、欺く狐
「……藍?」


「……すまないね。旭を頼むよ。くれぐれも結界から出ないように、気を付けてやって欲しい」



 いつも自分や幼児に向ける笑顔とは違う。

 甘えて擦り寄る度、撫でてとせがむ度に。

 鬼は少し諦めたように、だけど穏やかに笑いかけてくれるのだ。

 狐はその笑顔が好きだった。

 好きで堪らなかった。

 ずっとずっと、目に映していたいと思える程に。

 鬼からのそんな笑顔は、飽く事もなく、ただ胸の奥を温めてくれるから。

 なのに。



「私は……、ここで待ってるから。頼む」



 控えめに口元を上げて。

 無理をして、普段通りに笑おうとする。

 だけどその目に滲み出ている物は、間違いなく鬼の辛さや悲しみだった。



「すぐ戻ってくるから」



 狐の目には、鬼の姿が普段よりも華奢に映る気がした。

 そっと抱きしめた感触も、普段より儚く感じられて。

 ずっと抱きしめてやりたいけれど、今自分に出来る事は幼児を連れ戻す事なのだろう。

 そう理解した狐は、ゆっくりと鬼から離れ社を後にする。

 涙を零していた幼児を、笑顔でここに連れ戻す為に。
 

 
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