渇望の鬼、欺く狐
 社を出た狐は、静かに目を閉じて意識を集中させた。

 視界を遮断し、木々を撫でる風の音を遮断する。

 余計な感覚を排除して、研ぎ澄ませた神経。

 意識だけを集中させ、やがてその気配を感じ取った時。

 狐は閉じていた目を開けて、その方向へと急いだ。

 近付くに連れて強くなる気配は、やがて狐の目にその姿を映す。

 森林の中、木の下にしゃがみこんで、こちらに背を向ける幼児へと足を進ませれば、足音に気付いた幼児は涙でぐちゃぐちゃになった顔を狐へと向けた。



「あさ……」


「嫌!」



 強く狐を睨み付けて。

 同じように、強い声で狐に拒絶の言葉を向けた幼児。

 狐は胸の奥に痛みを覚えながらも、幼児との距離を詰めた。



「旭」



 何と声をかけていいかなど、狐にはわからなかった。

 ただ名前を呼ぶ事しか出来なかった。

 そんな自分に無力感を感じながらも、幼児へと伸ばした手。

 言葉で狐を拒絶した幼児は、その手を拒絶する事はなくて。

 頭に手を置かせてくれた事に安堵しながら、狐はそっと小さな体を抱き寄せた。


 
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