渇望の鬼、欺く狐
 巻き上がる憎悪が狐を覆う。

 熊から吐かれる生温かい息が、狐の顔に触れた瞬間。

 狐は本能的に叫んでいた。

 何を叫んだかなど、狐自身にも理解出来ない。

 力の限りに、大きな声を放ったように思う。

 そしてそれは、本当に一瞬の出来事。

 一瞬故に、目の前で見ていたハズの狐にも、理解は及ばなかった。

 静まり返った、辺り一面の景色の中。

 自身の荒く乱れた呼吸だけが、静かな空間に不釣合いに響いていて。

 眼前には、自分に食らいつこうとしていた熊が倒れていた。

 口元から流れ落ちる涎には、泡が混じっている。

 鋭かった眼光は、強さを失い白目を向いていて。

 もう息をしていないだろう、と直感的に狐は思った。

 

 ……何が起きた?



 わからない。

 わからないけれど。

 とにかく、この場から離れよう、と。

 そんな事を狐は考えた。

 この場所を離れ、家族を忘れ。



 生き抜いてやろう。



 それが。

 そのうち死ぬと予測を立てて、自分を捨てたのであろう家族に対しての、最大の復讐である気がした。

 
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