渇望の鬼、欺く狐
 もしも狐が、そのまま固く目を瞑っていたのなら。

 絶望の向こうの喪失を抱いたままに、熊に食われていたのだろう。

 だけど何を思ったか、狐は一瞬その目を開いてしまった。

 狐の目に映るは、自分を捕らえて離さない熊の目と、大きく開けられた口から覗く鋭利な牙。

 その口元から垂れた涎が、顔にかかった時。

 狐は瞬間的に、その考えを浮かばせる。



 ――何で俺が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。



 使い勝手の悪い足がある事。

 それは自分の所為でも、何でもない。

 そんな自分を産み落としたのは、母親だ。

 だったら、どうして最後まで面倒を見てくれない?

 襲われれば死ぬとわかっていて、どうして捨てた?

 ただ甘えさせてくれれば、それで十分だったのに。

 あんな辛そうな顔なんて、見たくなかった。

 辛そうにされたって、自分が捨てられる事には変わりないのに。

 最後だという意味を持つのであれば。

 もう舐めて貰わなくたって、構わなかったのに。



 ――憎い。



 今、自分が食われそうになっている、この瞬間。

 皆は何をしている?

 笑い合っている?

 寄り添い合っている?



 ――憎い。



 自分を捨てた父が、母が、兄妹が。

 自分を裏切った父が、母が、兄弟が。

 思い出の残るこの場所も、見慣れた風景も。

 目の前で、自分を食らおうとしている存在も。

 風や光や自然すらも。

 

 ――憎い憎い憎い。



 この世界に存在する全てが憎くて堪らない。
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