渇望の鬼、欺く狐
 時を越えても、彼――楓と並ぶ日々が続いていた。

 春は鳥の囀りを二人で楽しんだ。

 梅雨になれば、雨の音を楽しんで。

 秋には、台風の引き起こす、雷の音すらも楽しむ材料となった。

 冬は、冷たい風が木々を揺らす音を耳へと届けて。

 そんな季節の過ごし方を、楓と数回繰り返した。

 夏の暑い社内では、汗をかいた私の額を優しく拭ってくれる。

 冬の寒い社内では、優しく私の体を引き寄せてくれる。

 いつだって優しい楓に、思慕を抱く事。

 それは自分の中では、あまりにも自然な事だったと言える。



『楓』


『うん?』



 結婚の話が舞い込んでも、頑なに断り続けてきていた私は、いつしか二十歳を迎えようとしていた。

 自分の中では楓に対しての気持ちが確立していたし、顔も知らない相手との結婚など、どうしても受け入れる事が出来なかったのだ。

 両親には、心配をかけさせるばかりだったけれど。

 そうしてでも、私は楓と過ごす事を選んで。

 すでに年増の域に入り込もうとしていた私を、嫁に迎えようという物好きは見当たらなくなった。

 多分、自分のどこかでは、焦りもあったように思う。

 結婚に全く興味がないわけではない。

 だけど相手を選びたい。

 相手は楓であって欲しい。

 いつか楓から、そのような言葉をかけてもらえるかもしれない、と。

 そんな期待を心に持ち続けてはいたけれど。

 楓は一向に、そんな気配を見せてはくれなくて。

 自分の賞味期限だけが過ぎて行く。

 そうなれば、もう本当に結婚なんて出来なくなるのでは、と。

 そんな事を、考えるようになってしまっていた。 
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