渇望の鬼、欺く狐
『い……藍……、藍……』



 大丈夫。

 今行くよ。



 心の中で楓に答えながら、地面に転がる包丁に手を伸ばした時。



『……き、ろ』



 再度耳を掠める言葉に、思わず止める事となってしまった自分の手。



『え……?』


『……きろ、……生き、ろ』



 込み上げる感情は、悲しさだっただろうか。

 それとも辛さだっただろうか。



『……っ、んで……』



 ただ、勢いを緩めていた涙は、勢いを取り戻しながらに頬を伝い降りていた。



『やだ……、やだよ、私も二人のとこ行きたい……! わ、たし……、一人なんだよ……?』



 もしかしたら、楓の念の中では、私は旭を取り戻しているのかもしれない。

 故に、私と旭に逃げろと繰り返しているのかもしれない。

 そう思いながらも。



『楓も旭も居ないのに……。この先、どうやって生きてけばいいの……』



 二人は命を落としてしまっている。

 その事実は、覆る事もなく目の前に存在していた。 
< 224 / 246 >

この作品をシェア

pagetop