渇望の鬼、欺く狐
『生きろ』と発せられた声が途切れた後、たった一度だけ耳に届いたその言葉を。

 その声を。



『――愛してるよ、藍』



 忘れる事のないように。

 手放す事のないように。

 決意を胸に、最後に楓へと口付けた。



 これが。

 人間だった私が、鬼となった経緯だった。


 楓と旭を失ってからというもの、使命感だけで生きた私は全ての事に無関心となった。

 もう誰も社に近付けたくないという思いは、不思議と結界の張り方を私に理解させてくれて。

 いつかのように、社の中で外の音を聴きながら静かに過ごす日々。

 隣に腰掛けてくれる存在が居ない事実は、淋しさを募らせるけれど。

 額から生えた角に触れる事で、楓と旭を思い浮かべる事が出来た。

 どうして、自分が鬼になってしまったのか。

 それは理解出来なかったけれど、鬼である事で、楓と旭との繋がりを実感出来ていた。

 辛い出来事があった社だけれど、離れる気は微塵も感じる事はなかったように思う。

 この社には、二人との思い出が至るところに散りばめられているから。

 ここに居続ける事で、二人との繋がりを実感出来る気がして。

 思い出に擦り寄って、浸って、心を保ちながら。

 ふいに引き戻される現実に、孤独を実感する。

 だけど私は、思い出に擦り寄る事を選ぶのだ。

 そんな過ごし方を、何十年も繰り返した。
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